第214話 妥協点
ドノバンの主張は、とりあえずわかった。
彼は即ち、すべては父のしたことですと主張したいのだろう。そしてそれは、現当主の自分には全く関係ないことだ、と。
息子に泥を被せた父と、父を切り捨て保身に走る息子。非情卑劣と言うなかれ。貴族と言うのはそう言うモノだ。
他国の国王を拉致し、簒奪に手を貸そうとしていたのだから、本来その咎は息子どころか一族全体にまで及んでいてもおかしくはない。
その窮地から抜け出すため、俺という縁故を頼るのは当然のことと言える。
無論、縁というほど深い縁ではないのだが、ドノバンにとっては、まさに藁をもすがるという思いのはずだ。
実際のところ俺としても、ドノバンまで罪を背負わせても何の得にもならない。
むしろここで恩を売ることは、今後の生活を考えるうえで非常に役に立つ。
俺と言う特殊な生まれに、ミシェルちゃんと言う有用な戦力。
二人にとって必要なのは、後ろ盾になる存在だ。それが無ければ、権力者にいい様に使われかねない。
ライエルという威光もあるにはあるが、奴も結局のところ一人という少人数に過ぎない。
政治的な後ろ盾もあった方がいいのだが、エリオットにそれを頼むのは、なし崩し的に北部三ヵ国連合に組み込まれそうで怖い。
そこでドノバンだ。現ストラ領の領主。辺境伯というのは独自の軍事編成権も持つ強力な爵位でもある。
現在はその軍隊を維持する経済力の源を失っているが、それは取り戻してしまえばいいだけの話である。
レティーナもマクスウェルも、ラウムの中枢に近すぎる点からすると、後ろ盾にはあまりふさわしくない。
その点、辺境伯というのは実に都合がいい。ここで恩を売るのは、今後を考えても役に立つはずである。
「話は――」
「話は聞かせてもらったわ!」
わかった。そう言おうとした瞬間、俺の言葉に被せるような絶叫と共に、背後の扉が勢い良く叩き開けられた。
生徒指導室の扉には窓が無いので、ガラスが割れることはなかったが、勢い良く叩きつけられたせいで扉がレールを外れ、室内に倒れ込んでくる。
運よくその範囲には人はいなかったのだが、危ない事この上ない。
「コルティナ、危ない」
「ごめんごめん、ちょっと勢い付いちゃって」
謝罪しながら扉を戻す姿は、中々に格好が悪い。六英雄とは思えない情けなさだ。俺が言うのも何だが。
しばらく扉と格闘して、元に戻してからスーツの埃を叩いて落とす。それから再びこちらを振り向いて宣言した。
「それはともかく、話は聞かせてもらったわ!」
「うん、知ってる」
こう見えても世界最高の斥候として、六英雄に派遣された俺だ。扉の外で聞き耳を立てる素人の気配くらい余裕で読める。
だがコルティナは俺の返事を聞き、少ししょんぼりした表情を浮かべていた。
それを放置しておいたのは、ひとえに彼女がそうする事によって、一般的な生徒が近寄る事ができなかったからだ。
「でもニコルちゃんが言った通り、私たちがここで判断するわけには行かないの。まずは実際にあなたが、本当に前サルワ辺境伯を匿っていないか確認しないと」
「それは……どうすれば?」
「まずあなたの屋敷、それからストラ領の屋敷と関連施設も調べさせてもらうわ」
「ですがそれでは今までと同じで、私の疑惑が晴れないままに……」
「だから、疑惑が晴れれば衆目の前で宣言してあげる。ストラ領現当主の疑いは晴れたと。そうすれば無実は周知されることになるでしょ? むしろ他の領主よりも潔白が証明されたことになるわ」
「それはありがたいですが……問題は時間です。今の段階ですでに疑惑の目を向けられていますので、領民が逃げ出すようになるまで、もう時間はあまり残っていませんので」
「そこは急ぐとしか言いようがないわね。でもこの辺が妥協点だと、私は思っているんだけど」
コルティナの言葉に、ドノバンは神妙な顔でうつむいた。
おそらく今、彼の頭の中では損失と利益、それに領民の信頼を失うまでの時間が渦巻いているのだろう。
コルティナもそんな彼を急かすことなく、返事を待っていた。
時間にして五分も待っただろうか。ようやく彼は考えを纏め、コルティナに向き直った。
「わかりました。それでお願いします。ですが、徴税権に関しては……」
「そればかりは現国王に話を通さないと、どうにもならないわね。現行の書類を無効化し、新規に発行してもらえば無論解決するけど、それはあなたの管理能力を問われる事態になるわよ」
「ですよね……」
「どっちにしろ今は初夏。作物の収穫の始まる秋まではそう大きな問題にはならないでしょう。それまでにお父上を捕縛する事を考えた方がいいわね」
「感情的には微妙な気がしますが、それしかないですね」
もちろん夏に収穫する作物もあるが、主力となる麦は秋が本番だ。
しかしそれとて楽観視はできない。徴税とはあらゆるものにかかってくる。鍛冶や採掘、商売、行商、通行料に到るまで、それらの収益すら今は回収できない状況なのだ。
強制的に爵位を押し付けられ、旨みのある場所だけ強奪して逃げられたとは言え、貴族ともなるとその言い訳は通用しない。
むしろ、そう主張することで、彼の汚点を拡散することになってしまう。
ここは内密に……とは行かないが、迅速に処理することを求められる。
それができない場合、彼には身内の恥を処理できない無能と言うレッテルを貼られてしまう。
「まったく貴族ってのは面倒な……」
「俺も今……つくづくそう思ったよ」
俺のボヤキに珍しくドノバンが同意する。
俺やミシェルちゃんが貴族に取り込まれたら、そういう面倒が降りかかってくるようになるのだ。
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