第215話 英才教育

 その後、ドノバンはコルティナたちに連れられ、ラウムの屋敷へと戻っていった。

 屋敷にドノバンの父がいない事を確認し、それからストラ領へと旅立つ予定らしい。

 とは言え、マクスウェルも同行しているので、夜には戻ってくるのはいつも通りである。


「まったく! 親父も性格悪けりゃ、部下も最悪じゃない、ストラ領ってところは!」


 バン、と晩酌のワインが入ったカップをテーブルに叩き付けて、コルティナが憤る。

 どうやらストラ領の屋敷は、ドノバンの父クレインの影響が大きいらしく、調査があまり進んでいないようだった。


「非協力的って言っても、ほどがあるわよ。当たり障りのない場所ばっかり案内してさぁ。もう私飽きちゃったよ」

「いや、コルティナ。今日調査始めたばっかりじゃない?」

「だってさぁ……」


 いつにもましてぐったりとしているのは、それだけ気を使わされたからだろう。

 ドノバンが協力を申してた分、あまり強くは出れない。かといって妥協しては、標的を見逃しかねない。

 その辺りの加減が、負担になっているのだろう。


「モンスター相手に切った張ったする方が楽だわ。これだから人間相手は……」

「貴方が一番人間を相手にしてきたでしょうに」


 そんな呆れた声を上げるのはマリアだ。

 コルティナが家を空けるようになったので、彼女もこの家に寝泊まりするようになっている。

 その分、故郷の村の方が心配なのだが、どうやら代役を置く事で当面は凌げているらしい。


 といっても、この家にはマリアとライエルが泊まれる余裕がないので、マリアはコルティナと同室である。

 マリアはフィニアの部屋に泊まるつもりだったらしいが、それだと彼女が寛げないという事で、コルティナが自室に引っ張り込んだのだ。


 ちなみにライエルは居間のソファで寝泊まりしている。

 女所帯なので、多少の不遇は大目に見てもらおう。

 そもそもマクスウェルの屋敷に泊まればいいのに、強硬に俺と同じ屋根の下で泊まると主張したからである。

 なお、俺の部屋はカッちゃんがいるので、拒否しておいた。見られたら困る装備も多いし。


「それはそれよね。敵だとわかっている相手だから、手加減する必要もないじゃない」

「正直、敵も襲ってこないし、俺が一緒に行く意味があるのか疑問だよな」

「万が一に備えなさいよ。私は戦いはあんまり得意じゃないんだから」

「コルティナでもそこらの冒険者なら対処できるだろう? それにマクスウェルも一緒に行ってるじゃないか」

「そりゃそうだけど……本音は?」

「久しぶりに会えた娘とキャッキャウフフしたい」

「アンタは絶対連れてくから」


 容赦なく本音をダダ漏らしにするライエルに、呆れた声を上げるコルティナ。

 その後、ワインを一気に飲み干し、マリアの方に向かい合う。すかさずフィニアがお代わりを注いでいるところが、そつない。


「そう言えばクラウドくんはどんな感じなの?」

「さすがに右腕に違和感が残っているみたいね。しばらくは続くでしょう」

「治ってないわけじゃないでしょ?」

「傷自体は完全に癒しているわ。これは精神的な問題よ。時間をかけるしかないわ」

「クラウドか……」


 マリアとコルティナの話を聞いて、ライエルが視線を宙に彷徨わせる。

 彼が今回の事件の発端である事は、ライエルにも知らせてある。その結果、俺が大怪我する羽目になったのだから、ライエルとしても何か思う所があるのだろう。


「ニコルを厄介事に引っ張り込んだのは感心しないが……ミシェルちゃんを命懸けで守ったのは、評価できるんだよな」

「そうよね。それに、あの子の観察力が、事件の見落としを発覚させたわけだし、一概に責めるのも酷というモノじゃない?」

「いや、別に怒っているという訳じゃないんだ。ニコルが巻き込まれたのは確かに問題だが、うーん、なんと言えばいいのかなぁ?」


 どうやらライエルの中では、クラウドの評価はあまり落ちていないらしい。その反応に俺は少しホッとする。

 今の仲間がかつての仲間に責められる光景と言うのは、できるなら見たくはない。


「そうだな……ニコルの仲間になるには、彼はまだ力が足りない」

「でも、クラウドは頑張ってるよ?」


 何かを決めたかのように発言するライエルに、俺は少しばかり反論して見せた。

 これは『力が足りない』ことを理由に、俺から引き離す流れかと思ったからだ。

 しかしライエルは、そんな俺の杞憂とは別の方向へ話を持っていった.


「頑張っているだけじゃ、どうにもならない事はあるんだよ。今回だって、ニコルが間に合わなければ、彼は死んでいた」

「でも、そうしないとミシェルちゃんも助からなかったわけだし」

「そうだな。つまり、問題はそこだ」

「そこ?」


 俺を指さし、自慢げな表情を浮かべているライエル。少しばかり、イラッと来る顔だ。

 だがそんな俺の感情を察することなく、ライエルは話を続けていた。


「彼の判断は間違いではないだろう。迂闊にトラブルに足を踏み込んだところは問題だが、その後の対応は悪くない。問題はその対応をこなしきるだけの力が無い事だ」

「それは……クラウドもまだ子供だし」

「冒険者をやるのなら子供かどうかは関係ないぞ。力不足で危険に身を投じたら、その先にあるのは死だけ」

「そりゃそうだけど」

「だから力があればいい」

「ハィ?」

「クラウドくんが弱いのなら、力をつけさせればいいって事さ。つまり俺が修行を付けてやる」

「ハイィ!?」


 確かにライエルたちは週に三度はコルティナの家にやってくる。

 そこで夕食を皆で食べ、歓談してから深夜に村へと戻るのが日常だ。逆に言えば、夜間に少しと言えど時間はある。


「その時間を利用して、俺が……いや、いっそガドルスも巻き込むか。俺たちで彼を鍛え上げてやろう。そうすれば力不足なんてすぐ解消できるぞ」

「そ、それは……」


 正直言って、クラウドにとってはこの上ない申し出だろう。

 俺は剣自体はそれほどうまく使える訳ではない。盾役に至っては、やった事すらない。

 その専門家二人に教えを乞える機会など、今後の生涯あるかどうかわからない僥倖だろう。


 ましてや半魔人のクラウドは、教えを乞える相手にすら不自由する身だ。

 糸と言う特殊な戦闘法を極めた俺に師事するより、よっぽど得る物は多いはず。

 ライエルの決断を、俺自身は評価している。だが、それは俺一人が決めていいことじゃない。


「一応本人に聞いてみないといけないと思うけど」

「ぜひそうしなさい。変な癖がつく前に教えた方がいい」

「それはいい話ね! 私もクラウドくんが頼りになるなら、ニコルを安心して任せられるようになるわ」


 マリアがライエルの話に乗ってきた。彼女はクラウドが半魔人と知っても、あまり悪い印象は持っていない。

 世界樹教徒は半魔人との相性はあまりよくないのだが、マリアは半魔人を神話時代の惨事の被害者として捉えているらしい。それに前世の俺との付き合いもあり、認識を改める機会は多かった。

 クラウドの実力に関しても、俺の友達と言う事もあって、いろいろと『手を出したいが出せない』という状況が続いていたようだ。


 それからライエルはさっそくガドルスを巻き込めないか、マクスウェルに相談に行った。

 こうしてクラウドの英才教育計画が始まったのだった。

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