第298話 しまらない再会

 俺はマクスウェルの手によって先回りして、コルティナの家にやってきた。

 見たところ、ドアは開いていなかったので、先回りは成功したようだ。


 今回は俺と一目でわかるように、黒ずくめにコート姿。腕には手甲を着けているが、これはアストのデザインではなく前世の物を指輪で偽装している。

 元が俺の体格だから、手甲のデザインだけごまかしているため、見抜かれる心配はないだろう。


 玄関先で俺は少し頭を悩ませていた。

 驚かせるという面では、家の中に潜り込んだほうがいいのだろうか?

 そう考えて扉の前で首を捻っていると、背後でカツンと何かが落ちる音がした。


 振り返ってみると、そこにはコルティナがこちらを見て立ち尽くしていた。

 この姿で再会するのは初めてなので、俺もかける言葉に頭を悩ます。


「あ、えーっと……よ、よう」

「……レイド?」


 掠れるようなコルティナの声。その目からみるみる涙がこぼれ落ちていく。


「その、ずいぶん待たせてしまったが、どうにか戻ってきたよ」

「……………………」


 帰ってくる言葉がない。やはり俺が本物か疑っているのだろう。

 ここは俺と証明するために、俺たちの間にしか通用しない話題を出すしかない。


「えーと、そうだ。前回は公園で会ったよな。あの時は話もできなかったけど、それは事情があってさ――」

「う……」

「う?」


 ようやく俺と納得してくれたのか、コルティナがポツリとを漏らす。

 だがそれは意味を成すようなではない。

 やがてクシャクシャに崩れた顔を上げ、いつものキッとした表情で睨みつけるてくる。その視線は、俺がよく知るコルティナの物に間違いはない。

 いや、なぜそんなキツイ目で睨まれねばならないのか……


「あー、いや。遅れたのは事情があってな。ほら生まれ変わったから、いろいろとな?」

「うう……」

「その、泣くまで悲しんでくれたのは俺としてもうれしいところではあるのだが――」

「えうぅ……」

「ええっと……コルティナ?」


 がくりと態勢を下げる姿を見て、俺は彼女が殴り掛かってくる姿を想像した。

 しかし俺は、その拳を甘んじて受ける覚悟をした。

 それだけのことを、俺はしてしまった自覚があるからだ。


「その、本当にすまなかった。俺も早く会いに来たかったんだが……」

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああぁぁぁんんん!!」


 絶叫と共に俺に突進してくるコルティナ。姿勢を低くして、猛獣のごとき疾走を見せる。

 そこから繰り出される拳を想像し、俺は目を瞑り、歯を食いしばった。

 顔面に襲う衝撃を想像したが、ダメージは俺の腹に襲い掛かってきた。


 疾走したコルティナはそのまま拳を振り上げることなく、俺の腹へ突っ込んできたのだ。


「ふぐぉ!?」


 決して背の高くない俺だが、コルティナはさらに輪をかけて小さい。

 その彼女が姿勢を下げて突っ込んできたのだから、その頭が胸ではなく腹まで下がっても仕方ない。

 しかし体重の軽い俺に、小柄とは言え身体能力に優れたコルティナがチャージしてきたのだから、支え切れるはずもなかった。


 勢いに押され、俺は後ろに吹き飛ばされる。

 玄関先に立ち、背後を振り返った俺の後ろとはすなわち――厳重に施錠された頑丈な扉だった。


 ゴッと鋭い音が後頭部に響く。

 その衝撃に、気絶に慣れた今世の身体は、あっさりと意識を手放したのだった。





 次に目を覚ました時、俺はコルティナのベッドの上だった。

 どうやら彼女が、気を失った俺を家の中に運び込んで介抱してくれたらしい。


「ここは……」

「あ、目が覚めた?」

「ああ、手荒い歓迎だったな」

「う、うるさいわよ! あれはちょっと、その……気の迷いよ!」

「ああそう?」


 口調は荒いが、それでも俺を気遣ってカップに水を注いで差し出してくる。

 それを俺は一息に飲み下した。


「それで? レイドは今までどこに行ってたの?」

「それはお前も知っているんじゃないのか」

「そっか、やっぱりハウメアって女はあんただったのね」

「ああ、偽名ではあるんだがな」

「偽名?」

「昔、世話になった冒険者の名前なんだ。ちょっと申し訳ないけどな」


 かつてエルフの集落へ向かった時に世話になった。嘘は吐いていない。


「そう言えば、私も前に見かけたことがあるわ。エルフの女の人。結構経験を積んでそうだったわね」

「そうか? そういえば彼女もこの近辺を拠点にしていたな。お前が会ったことがあるとしてもおかしくないか」


 おかしくないも何も、俺と一緒に出会ったのだから、我ながら図々しいとは思う。

 しかし実在する人物の名前を出したことで、俺の発言に共感性を得たことは確かだろう。


「そっか、あの人……」

「もちろん、俺のことなんて先方は知らないかもしれないけどな。俺が転生してしばらくしての話だから」


 しばらくがどれくらいの期間だったのかは明言していないから、これも嘘じゃない。


「今回はお前がかなり参っているとマクスウェルから聞いてな。ちょっと無理して会いに来たんだ」

「どうしてすぐに会いに来れなかったのよ?」

「それはその……いろいろだ」

「どうせ女に転生したから恥ずかしかったんでしょ?」

「ま、まあ、それもある」


 そこで彼女は少し顎先に指をあてる。彼女特有の、思考する仕草。


「自分で言っておいてなんだけど……本当にそれだけかしら? それに今まで会いに来れなかった理由とその姿は?」

「あー、それな。馴染みの魔道具師に依頼して変化ポリモルフの術を掛けてもらったんだ」

「あれって他人に掛けられないんじゃなかったっけ?」

「ああ、かなり無茶な設計をしたらしく、効果時間は基本の半分だし、変化の際の苦痛も桁外れだったがな。まさか俺が気絶するほどとは思わなかった」

「そんなに……」


 俺は敢えて、片方の質問にだけ答えておく。ただしそちらの情報量は多めに白状しておいた。

 さすがにアストの名を出すことはできないが、偏重した答えでも情報量が多ければごまかすことは可能になる……的なことをマクスウェルから聞いていた。

 そしてこれ以上の追及を避けるための手段として――


「それより……せっかく久しぶりに会えたんだ。今しかできない話もしたいと思わないか?」


 かなりずるい手段だとは思う。だが俺も時間は限られているので、焦りはあった。

 そしてコルティナもまた、拒否の言葉を返してこない。

 俺はそれを了承と取って立ち上がり、コルティナのそばに近付いたのだった。

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