第46話 レイドの決意
邪竜コルキスを倒した事で、俺達は一生遊んで暮らせるほどの賞金や素材を手にする事ができた。
しかしそれは、同時に王侯貴族すら凌ぐ名声を得た事でもある。
元々王族だったマクスウェルを除くと、そんな俺達は特権階級にとって邪魔者でしかない。
結局俺達は、そんな権力闘争への巻き添えを
幸い、生まれたばかりの王族の生き残りが発見され、その子を中心に複数の国の重鎮たちが集まって、どうにか国家の体裁を作る事はできている。
俺達はそういう連中の要請に基づき、モンスターや野盗を討伐して回る日々を送っていた。
そんな東奔西走する日々が終わったのは、北部に来て一年ほど経った頃だろうか。
比較的気候の安定している大陸だが、それでも北部は雪で足止めを食らう日々が多い。
そういう状況で室内に押し込められた俺達は、それぞれ思い思いの方法で余暇を過ごしていた。
最前線に立つライエルと、その傷を癒すマリアはお互いにコミュニケーションを取る事が多いため、一緒によくいた。
それが、いつの間にか日常になり――ある日、二人の結婚を知らされる事になったのだ。
無論、俺は朴念仁ではないので、二人の間にそう言う雰囲気が流れていた事は理解していた。
そしてコルティナも、その察しの良さで理解していた。改めて知らされた時、誰よりも二人を祝福したのは彼女だ。
だが問題はその後に起こった。
最前線の
その二人が新婚となっては、無理に冒険に引っ張り出す訳にも行かない。
俺達もそこまで非常識じゃないし、そんな二人をパーティに入れてはどうしても気を使ってしまう。
結果的に俺達は解散し、それぞれ新たな道を歩む事になった。
王族だったマクスウェルは、王家に復縁し、国元へ戻っていった。
ガドルスは後進を育成するために、冒険者を育成する宿を経営し始めた。
マリアは近場の村の教会を手伝い、ライエルはその村の衛士として赴任していく。
そんな中、俺とコルティナだけは、行き場を失っていたのだ。
「俺もそろそろ、引退時かなぁ」
「なに言っとるんだ、お前は。まだ若いだろ」
「いや、歳とか関係なかろ?」
ガドルスの宿で俺は時間を潰しながら、そんな管を巻いていた。
確かに俺はまだ二十代半ばである。
しかしこの間、新人の引率に付き添ってみたのだが、これが思ったよりも上手くいかなかった。
新人冒険者のパーティに入り、後進の育成を担当してくれとガドルスに頼まれたのだが、モンスターとの戦闘を含め、すべて俺一人で片付けてしまったからだ。
「そりゃ、斥候に出れば、出た先でトロールの首を刎ねて来るんだから、新人の教育にならんだろう」
「でも連中にトロールは荷が重かったぜ?」
「それでも一度当たらせて、勝てない相手との経験を積ませるべきだったかもな。死者が出ないように立ちまわってくれるのがベストじゃが」
ガドルスは俺の杯にワインを注ぎ、ついでにもう一つグラスを取り出して、こちらにはウィスキーを注いだ。
俺はその杯に手を伸ばそうとするが、ガドルスに妨害された。
さすが防御の達人である。
「これはワシの分じゃ」
「店の酒じゃないのかよ」
「店の酒じゃ。そして店の酒はワシの酒じゃ」
「なんかズルくね?」
俺の苦情は無視して、酒杯を呷るガドルス。
ダンと、勢いよくグラスを叩き付け、三白眼で俺をにらんできた。
「まったくお前達は……なまじ腕が立ちすぎるというのも問題じゃな」
「お前――達?」
「コルティナもじゃ」
あいつも何かやらかしたのか。とは言えコルティナは実力的には一流冒険者と同程度で、俺達のような伝説級の技量がある訳じゃない。
それでもトラブルを起こすとは……アイツらしくないな。
「なにやったんだ?」
「指示がな……」
「ティナの指示なら、間違いはないだろう?」
「限界ギリギリの要求を続けられて、それに応えられるのはお前とライエルくらいじゃよ」
「あー、そりゃ、なぁ……」
敵の力量とこちらの限界。それを見極めた上で策を立てるコルティナの指示は、かなりハードな物が多い。
ルーキーにとって、限界ギリギリの要求を満たすのは、確かに厳しかろう。
「あいつも上手く行ってなかったのか」
「下手に腕が立ちすぎるから、他の者がついて来れんのだな」
元々、俺は人に物を教えるのは苦手だ。かつてコルティナに隠密術を教えようとした時も、見事に失敗した。
それを考えると、俺もここらが潮時かもしれない。
幸いにして、今引退しても、死ぬまで暮らせるだけの資産はある。半魔人族の俺の寿命がどのくらいあるのか、わからないが。
金だけでなく、邪竜の鱗も仲間内で分け合っている。あれを処分すれば国が傾くほどの金が手に入るだろう。
邪竜の死体は言うなれば宝の山だ。
特に心臓などは不老不死の妙薬とまで言われている。
だが、邪竜の身体は内側から自らの炎で焼き尽くされてしまった。残されたのは皮に爪や牙、鱗といった部位だけである。
それだけでも、国にしてはとんでもないお宝だ。俺達に供出するよう、要求してきた国も多い。
だが鱗一つとっても、とんでもない力を持っている。聖剣以外のあらゆる攻撃を退けた鱗だ。
これを流通させるのは、俺達もさすがに恐ろしかった。
そこで俺達はその素材を各人で分け、保管する事にしていた。
これが奪われたとしても、他の者がその竜の力を使って抑えられるように、だ。
この素材で装備を作れば、かなりのパワーアップが望めるだろう。
それをもってモンスターを倒して日銭を稼いで過ごしてもいい。
ただし一人というのも味気ない。俺もライエルのように、誰か寄り添ってくれる人がいてくれれば……
そこまで思い到った所で、なぜかコルティナの顔が脳裏によぎった。
誰よりも俺に厳しい要求をし、そしてそれを信頼して命を預けてくれた相手だ。
ライエルやガドルス、マリアやマクスウェルならば、自力で身を守ることもできるだろう。
しかしコルティナにはその力がない。
いや、彼女とて一般的に見れば、かなりの腕利き冒険者なのだ。
それでも、俺達レベルの戦場になると、力不足は否めない。
彼女はその知識で貢献し、身を護る事すら難しい修羅場を潜り抜けてきた。
それは俺達に……いや、俺を信頼し、命を預けてくれた証でもある。
かつて彼女ほど、俺を信頼してくれた女は他に居ただろうか――
「それも……悪くないかもな」
「ん、どうかしたのか?」
「いや……」
俺はある決意を秘め、その日は部屋に引き込んだのである。
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