第47話 朴念仁

 翌朝、俺は花束と指輪を購入し、ガドルスの宿に戻った。

 そう、コルティナに結婚を申し込むためだ。こういう事は早い方がいい。

 ガドルスの宿は一階が食堂になっている、オーソドックスな造りで、この時間、コルティナもその食堂で食事を摂っているはずだ。

 宿に入って中を一望すると、案の定、壁際のテーブルでパスタを啜り込む彼女を見つけた。


 猫耳をピンと立て、端正な顔ををリスのように膨らませて食事をとる姿は、ある意味子供っぽくて愛らしい。

 俺は決心が鈍らないように、あえてズカズカとした足取りで彼女のテーブルに歩み寄る。


 花束をもって神妙な顔つきで近付く俺を見て、ガドルスは驚愕の顔をしていた。

 そりゃそうだろう。俺だって思い立ったのは昨日なのだから。


 コルティナも、硬直したようにこちらを見ている。

 彼女なら、俺が何を目的にここへ来たのかは、花束を見た段階で察しているはず。 


 俺はコルティナの前にひざまずき、花束を差し出した。


「ティナ。俺と結婚してくれ」


 回りくどい口説き文句は、俺らしくない。ここは敢えて、単刀直入に要件を述べた方が、好感度は高いと判断した。

 そんな俺を見て、目を見開くコルティナ。


 俺の行動に、他の客も困惑した表情を浮かべていた。

 これが他の冒険者だったら、口笛を吹いてはやし立てただろう。

 だがここで跪いているのは俺なのだ。暗殺者、黒羽根のレイド。

 闇の中から舞い降り、致命の糸の雨を降らせる、最強の暗殺者。

 そんな相手をおちょくれば、どうなるか……推して知るべしである。


 コルティナは何か言いたそうに手を左右に揺らめかせ、唐突に胸元のナプキンをテーブルに置き、慌てた様に口元をぬぐう。

 そうして何度か迷走した後、彼女の顔に浮かんでいたのは……なぜか、怒りだった。


「あ、あんた――」


 プルプルと震え、拳を握り締める。

 おかしいな。俺の感触では、きっと受けてくれると思っていたのだが。

 彼女も俺に対して、悪い感情は持っていないと確信していたのに。


 その俺の期待を裏切る様に、コルティナは拳を振り上げた。


「あんたって人は! ちょっとは場の空気とか読みなさいよおぉぉぉぉ!?」


 そのまま振り下ろされる拳。俺は咄嗟にそれを回避するが、それくらいはコルティナの予想の範疇である。

 回避した先に、今度は足の裏が飛んできた。

 俺は顔面にその蹴りを受け、もんどり打って床に転がる。


「ガドルス! お代は置いておくわね!」

「お、おう……」


 ガシャンとテーブルの上に小銭を叩き付け、足音高く彼女は宿から出ていったのだ。

 てっきり受けてもらえると思い込んでいた俺は、その後姿を呆然と見送るしかなかった。


「俺、嫌われてたのかな?」


 ポツリとこぼす俺の言葉に、なぜか他の客もガドルスも一斉に首を振った。


「問題はそこじゃないから」


 憐れみを込めたガドルスの言葉も、今の俺の耳には届かない。

 コルティナに嫌われていた、その事実に打ちのめされていたのだ。

 明日からどのツラ下げて顔を合わせればいいのか、わからない。


 俺は打ちひしがれた足取りで、そのまま部屋に閉じ籠ったのである。





 その日から俺は非常に落ち込んでいた。

 昼はいつも通りを振る舞い、だが少しだけコルティナと距離を取って接する。

 そして夜になると、他の客がいない所でガドルスとヤケ酒を呷るのだ。


「チクショウ、こうなるとライエルの野郎が憎い……」

「そりゃ八つ当たりじゃろ」


 いかつい顔をしているくせに付き合いのいいガドルスは、この日も俺の酒に付き合ってくれている。

 だからつい、俺の酒も進んでしまうのだ。


「世の充実者は死すべし」

「お主が言うとシャレにならんから、やめてくれ」

「いいだろ、妬むくらいよぅ」

「最高にカッコ悪いな」


 俺はグラスのウィスキーを一息に呷り、そのままカウンターに突っ伏した。

 あまり酒に強くないので、この一杯でも十分に回る。


「毎晩付き合うワシの身にもなってくれ。明日の朝の準備もあるんじゃぞ?」

「わりぃとは思ってるけど、飲まないとやって行けねーんだよ」

「やれやれ。世話の焼ける連中じゃ」

「なんだかティナもよそよそしいし、やっぱ失敗だったか」

「そうじゃな。あの場面はないわな」


 確かに飯時に突撃したのは悪かったかもしれない。

 しかし、俺とコルティナの仲である。今更、飯を口に含んでいようが関係ないだろう?

 それなのに断られたって事は、やはり脈は無かったって事になる。

 やさぐれる俺に、ガドルスは一枚の紙を差し出してきた。


「ハァ、まったく……ほれ、この仕事でも受けィ」

「仕事なんて気分でもないんだが?」


 そう言いながらも、俺はその紙に目を通す。

 そこには孤児院視察という依頼が書き込まれていたのだった。


「孤児院の視察ぅ?」

「もともとは初心者向けに出そうと思っていた仕事じゃ」

「そんなもん、俺達冒険者の仕事じゃ無かろう?」

「それがそうでもなくてな。この国では役人の数が足りておらん。そして孤児院の数は反比例して多い」

「邪竜の傷痕、か」

「そうじゃ。討伐のために軍を起こし、徴用された兵達の子が孤児院に流れ込んでおる。その数は役人の管理能力よりも多いのじゃ」


 邪竜討伐のために北部三か国連合軍が結成され、そして惨敗している。

 敗戦と報復。死者は考えられないほど多数に上り、国力は疲弊の極みに達した。

 ようやく国は立て直されてきたが、その管理をするべき役人が足りない。

 そして孤児院もまた、援助金が無ければ運営がままならない。

 そういう孤児院を視察し、正常に運営しているかどうかチェックしてくるのがこの依頼の趣旨である。


「仲直りも兼ねて、コルティナと一緒に行ってこい。子供と一緒に戯れてくれば、気分転換になるだろう」

「お、おい!?」

「なに、彼女もお主を嫌っている訳ではないわ」

「そうかねぇ?」


 ガドルスの思惑が事実かどうかわからないが、彼女と一緒に仕事できるのは……悪くないかも知れない。

 俺としても気まずい雰囲気でいたい訳ではない。

 元の友人のような関係に戻れるのなら、それに越した事は無いのだった。

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