第48話 孤児院の慰問
◇◆◇◆◇
「ホンット! 信じらんない、アイツ!」
早朝の食堂。
そこのカウンターで朝食を貪り食いながら、コルティナは憤慨してナイフ振り回した。
「バカモン、危ないから刃物は振るな」
コルティナからナイフを取り上げながら、注意するガドルス。
振り回すナイフをあっさり取り上げた仕草は、何気ない動きながら、ドワーフとは思えないほど流麗だった。
「あ、ゴメン。でもあのタイミングはないんじゃない? 私パスタを口に含んでたのよ? 限界まで」
「なにせ、レイドだからのぅ」
戦場暮らしから冒険者へ。マナーもくそもない生活が続き、コルティナもその生活が日常になっていた。
特に彼等と組むようになってからは、食事などはまるで流し込むように食べるようにしている。時間を掛けた食事が命取りになる事もあったからだ。
それは戦いが終わった今も続いている習慣である。
そんなムードも何もない状況で飛び出したレイドのプロポーズは、女性として許せない領域にあった。
特にコルティナはマリアと仲が良い。彼女がプロポーズを受けた時の話も、聞き出している。
夜空の綺麗な教会の前で指輪を差し出す聖騎士ライエル。それと比べて、レイドは食堂である。
かねてより憎からず思っていた相手だけに、その配慮の無さが許せなかった。
「そのくせ、次の日には何事もなかったように……余計に腹が立つ!」
「そりゃ、レイドだからのぅ」
彼が夜、どれほど落ち込んでいるか知っているガドルスは、適当な相槌を打つしかない。
だからといってその様子を彼の口から彼女に伝えるのは、何か違う気がする。
ガドルスとて、仲間の幸せは歓迎したい。
特にレイドは、奥手というか気が利かない点が多いため、ライエルと違って女性にはあまりモテない……と、本人は思っている。
その上暗殺者として名を馳せてしまっているので、恐怖心の方が先に来る。
実はその冷徹な佇まいからそれなりに人気がある上に、狙っている女性も結構いる。そんな輩と結ばれるくらいなら、コルティナと結ばれてくれた方が、ガドルスとしても歓迎できる話だった。
そこへ降って沸いたレイドの求婚は、ガドルスとしてもぜひ応援したい所だ。
しかしレイドは、既に自分の気持ちを切り替えるべく行動に移しており、無理矢理いつも通りを装っていた。それはコルティナに気を使わせないよう、配慮した行動でもある。
対してコルティナは彼の次のアクションを待っている。
つまり綺麗に擦れ違ってしまっている。このままでは、なし崩しに別れてしまう事になりかねない。
「まぁ、そう怒るな。あの朴念仁が行動を起こしただけでも、進展があったというモノじゃろ」
「そりゃそうだけど……」
「そこでこれじゃ」
ガドルスは一枚の紙片をコルティナに提示する。
「なにこれ、孤児院の視察?」
「本来は新人向けなのじゃがな。気分転換にレイドに受けさせた。お主もどうじゃ?」
「私も?」
そこでコルティナは想像の翼を広げた。
子供達と無邪気に遊び癒され、夜は星空の下レイドと二人。
真剣な目でこちらを見つめる彼に、彼女は……
「ぐへへ、悪くないわね」
「そうか? ワシャ気持ち悪い」
「私の事はどうでもいいのよ! その依頼、確かに受けたわ!」
「そうかね。なら子供たちも喜ぶじゃろ」
「はぃ?」
「そこらの冒険者が視察に来るより、お主のような『英雄』が来てくれた方が嬉しかろうて」
「あー、そう。そう言えばそうだったわね」
コルティナは六英雄の中でも特殊な立ち位置にいる。
圧倒的防御を誇るガドルスや、主役たるライエルやマリアとも違う。
レイドやマクスウェルのような、卓越した技術がある訳でもない。
実力自体は一流止まり、超一流たる彼らには及ばない。
そんな彼女が策を
力が無くとも、魔力が無くとも、英雄になれる。
その体現者がコルティナなのである。
そんな彼女の慰問ともなれば、子供達が喜ばないはずはない。
その結果を想定して、コルティナは再びカウンターに突っ伏した。
「こりゃ、二人っきりは難しいな……」
「ま、それは追々な。今は仲直りだけにしておけ」
「にゅぅ……」
戦場ほどうまく運ばない事態に、コルティナは猫のように声を上げたのだった。
孤児院を兼ねた教会で人の好さそうな神父に挨拶し、そこで暮らしている子供達と面会する事になった。
視察と言っても実際は慰問のような物だが、それでも子供達の健康状態などは直接目で見て確認せねばならない。
好奇心と歓喜の瞳に晒され、引き攣った笑いを浮かべるレイドを見て、コルティナは含み笑いを浮かべていた。
日頃クールを気取ろうとする三枚目という感の彼が、ここまで『苦手』を表明するとは珍しい。
「今日はレイド様とコルティナ様が、この孤児院の視察に来てくださいました。皆さん、失礼のないようにご挨拶して」
「はああああぁぁぁぁぁい!」
耳をつんざくような子供たちの歓声に、二人は思わず耳を押さえた。
二人同時にそのしぐさを取った事がおかしかったのか、今度は愉快そうに笑い声をあげる子供達。
「それでは私は昼食の支度をしてきますから、失礼のないように」
「わかりましたあああぁぁぁぁぁ!」
待ちきれないとばかりにうずうずとした子供達。
その仕草に神父はくすくすと笑いながらその場を立ち去ろうとする。
「あ、それなら私も手伝います」
「待て、ティナ! 俺一人をここに放置するつもりか!?」
「……大丈夫よ。レイドなら出来るわ」
「こっち見て言いやがれ!」
このままでは子供達に激しい洗礼を受けると判断して、その場からの逃走を選択したコルティナ。
制止を呼びかけるレイドの言葉には励ましの言葉を返しておいた。視線を逸らしながら。
それを非難するレイドは、それまでのぎくしゃくした関係を忘れたかのように切羽詰まった声を上げていた。
彼の叫びに視線を逸らしながら手を振って、場を離れる。
なおも追求しようとするレイドに、猛獣の如く子供達が襲い掛かったのは、その直後だった。
「すまぬ、レイド。骨は後で拾ってあげる」
「おぼえてろおぉぉぉぉぉ!?」
元々力のある方ではない彼は、子供達の圧倒的物量の前に押し潰されていく。
そんな彼に手を合わせながら、コルティナは孤児院の厨房へと向かっていった。
そして、そんな彼女にも、数名の女子がついてくる。
「あ、あの! わたしもお手伝いします」
「あら? レイドと一緒に遊んでていいのよ?」
「いえ、今しんぷさまに、お料理を教えてもらってるさいちゅうなので」
「そう、偉いのね。あなたのお名前は?」
「ふ、ふぃにあ、です!」
舌でも噛むんじゃないかと心配するほど、緊張した表情で名乗る少女に、ここ数日の苛立ちの感情が融かされていく気がした。
その頭に数度撫でて、そして手をつなぐ。
そして厨房へと歩を進める。背後ではレイドの悲鳴が上がっていた。
さしものレイドも、子供達には勝てなかったようだ。
「あ、あの……レイド様、大丈夫でしょうか」
「あれで死ぬなら、もう何度も死んでるから心配ないわよ?」
「そ、そうなんです?」
厨房では、神父がレタスと卵のサンドイッチを作るために四苦八苦していた。
それ程手間のかかった料理ではない。だが数が数なので、苦労している。
「お手伝いに来ました」
「わ、わたしも!」
「おや、コルティナ様! このような場所に――」
「心配しないでください、こう見えても料理は上手いんですよ、私」
「わ、わたしも!」
「それは頼もしい。ではお願いしますかね」
神父にそう答え、コルティナとフィニアは顔を見合わせてから腕まくりしたのだった。
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