第49話 深夜
結果的に俺達は、昼食だけでなく、夕食までごちそうになってしまった。
孤児院の経営はかなり苦しそうではあったが、子供達の元気の良さがその環境の良さを物語っている。
これならば補助金の継続も問題ないだろう。
「まぁ……元気過ぎるのが問題だけどな」
俺はそう一人ごちてベッドの上でごろりと転がる。
本当は夕食前に退散するつもりだったのだが、俺に懐いた子供達が泣き出し、駄々をこねたのである。
その悲しみっぷりは凄まじく、コルティナまで情にほだされ、泣き出しそうになっていたくらいだ。
結局、渋る俺をコルティナが説き伏せ、庭先で一泊させてくれと申し出る羽目になった。
さすがに部屋を用意しろとまでは言えない。
だがそれは神父にしても同じ事である。
俺達という著名人を庭先で夜営させたとあっては、あまりにも外聞が悪い。
結局部屋を用意してもらう事になり、非常に申し訳ない気分になった。
そこでふと、俺は本来の目的を思い出す。
ここへ来たのは、コルティナへのプロポーズをやり直すためだったはずだ。
それなのに俺は、一日中子供達に振り回されていただけ。
「なんてこった。何もしてないじゃないか!」
幸い、まだ時間はある。
子供達はそろそろ寝入っている時間だろうが、宵っ張りなコルティナなら、まだ起きているだろう。
俺は起き出して、コルティナが泊まっている部屋へ向かう事にした。
明かりの落ちた廊下を歩き、階段を降りて礼拝堂へ向かう。
男子の宿泊施設は礼拝堂から東側、対して女子は西側の建物で生活している。
こうして厳密に生活区域を区切ることで、幼い間違いなどが起きないように配慮しているのだとか。
深夜の孤児院。女子の生活する寮へ、気配を消して忍び寄る男。
はたから見れば不審人物まっしぐらだ。ここを誰かに見られたら、英雄の肩書も失墜してしまいかねない。
だが俺は、その危険すら無視して足を進める。すべては彼女に会うために。
その途中にある礼拝堂で、俺はばったりとコルティナに出くわす事になった。
「あれ、レイドじゃない。ど、どうしたの、こんな時間に」
どこか挙動不審な雰囲気を受けるが、それは俺も同じだ。
ある意味、夜這いを掛けようとしていたような物なのだから。
「そういうコルティナこそ、こんな時間に礼拝堂に何か用なのか?」
昼は忘れていたが、数日前にこっぴどく振られた事実が脳裏によぎる。
子供達の
できるだけ平静を装いながら、俺はコルティナに質問で質問に返した。
「ちょっと寝付けなくて……」
「そ、そうか?」
なんとなく、互いに言葉を失って俺達は押し黙った。
暗い礼拝堂。窓から降り注ぐ星の光。
なんだか、芝居の中のワンシーンのような光景。
「あ、あのね、レイド……」
モジモジと、いつも決然と指示を出す彼女らしくない態度。
だがそこで俺の耳は、別の音を聞きつけた。
小さな、悲鳴のような微かな声。
「待て、今何か――」
「えっ?」
手でコルティナを制し、今度は針の落ちる音すら聞き逃すまいと耳を澄ます。
するとほんの微かに、くぐもった様な悲鳴が聞こえてきた。
「ふぐっ」
「聞こえた。今の聞いたか、ティナ!」
「えっ、えっ、私には何も聞こえないけど……」
俺の様子からただならぬ事態を察知したコルティナは、会話の続きを求める事無く、状況を把握しようとする。
俺は声の聞こえてきた方角を調べ、礼拝堂の説壇の下に隠された通路を発見した。
「こんな所に隠し通路?」
「この孤児院は問題ないと思っていたが……大問題だな、これは」
隠し通路という事は、この先には見られたくない何かがあるという事だ。
孤児院という施設は立場上、人身売買などの温床になりやすい。
また、特殊な性癖を持つ変態共の巣窟にもなりうる。
「調査しないといけないわね」
「ああ、俺が先行する」
孤児院の視察。そういう名目だったので、俺もコルティナも最低限の装備しか持ってきてはいない。
私服にミスリル糸を仕込んだ愛用の
コルティナも、発動補助に使う杖しか持ってきていない。
それでも悲鳴が聞こえてきた以上、進まなければならない。
ここには身を守る力のない子供達が数多くいるのだから。
もしあの子供達が被害に遭っているなら、一刻も早く駆け付けねばならないだろう。
隠し通路は地下へと続き、しばらく進むと松明が設置されていた。
入り口付近に設置していなかったのは明かりが外に漏れないようにという配慮だろう。
俺は隠密のギフトで気配を消さず、鋼糸をいつでも使えるように構えながら進んでいた。
気配を消さなかったのは、コルティナが一緒にいるからだ。
こういう行動が苦手な彼女が同行している以上、俺が気配を消しても無駄である。
通路の先には扉があり、その隙間からは皓々と光が漏れていた。
そして再び響き渡る、子供の悲鳴。
「レイド!」
「おう!」
そんな声にすかさず反応したのはコルティナだった。
先ほどの悲鳴は少女の声。コルティナは昼時、少女と一緒に過ごしていた。
その彼女が被害に遭っていたら? そういう想像が脳裏によぎったのだろう。
俺とて、昼間散々弄ばれた子供が、悲鳴を上げる事態に巻き込まれているなどと、思いたくはない。
一刻の猶予もないと判断し、扉を蹴り開け鋼糸を構える。
そこには愉悦の表情を浮かべた神父が、少女の死体の前に立っていた。
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