第50話 魔神召喚

「まさか――神父さん?」


 コルティナは驚愕した様子で問いかける。

 その足元には、猿轡さるぐつわを嵌められた少女と……数人の子供の死体。

 蝋燭ろうそくに照らされた室内の隅には、他にも数人の子供の姿が見える。


 床には赤々とした塗料で巨大な魔法陣が描かれ、殺風景な部屋の中でそこだけが異彩を放っていた。

 そして神父の手には、赤々と血に濡れた一本の槍が握られていた。


「おやおや、もう嗅ぎつけたのですか。さすが英雄様、目聡めざといですね」

「子供達が……なぜ、こんな事を――」


 嗚咽をこらえながら、コルティナは問い詰める。

 目の前にいる神父に、昼に見た人当たりの良さは感じられない。

 それどころか、狂気すら漂わせていた。


「生贄ですよ。見ればわかるでしょう?」

「わからないから聞いてるのよ! どうしてこんな――この子達は、貴方をあれほど慕っていたのに!」


 憤るコルティナが一歩前に出る。俺は慌ててその肩を押さえた。

 奴は槍を持っている。素人に後れを取る様な彼女ではないが、それでも危険なのは変わりない。

 激昂するコルティナを見て、神父は芝居がかった仕草で肩を竦めて見せた。

 まるで時間でも稼ぐかのように。それならば――


「だからこそ、いいのですよ。信頼が深ければ深いほど、絶望も深くなる。そういう魂にこそ――魔神は惹かれるのです!」

「魔神――!?」


 この世界にも神はいる。

 だが魔神と呼ばれる存在は、そう言った神に属さない。異界の『何か』の事を指す。

 中には神すら打ち倒しかねない、危険な存在を呼び出す可能性もあった。


「なぜ、そんな……」

「なぜ、なぜ、なぜ! 質問ばかりですね、あなた。まぁいいですよ、答えてあげましょう」


 手を振り上げて、槍を振り下ろす。

 それは足元の少女の死体を突き刺して、床に串刺しにした。


「この世界には世界樹と呼ばれる存在がある。この世の全ては世界樹より生み出され、生きて死に、そして世界樹に戻っていく。これが魂の円環」

「そして世界樹によって魂は浄化され、再びこの世に戻ってくる」

「それこそ輪廻転生です。ですが千年の昔、古代の神によって世界樹は折られた!」


 かつて存在した魔王と神の争い。それにより世界樹は半ばまでへし折られ、現在に到る。

 それによって魂の円環は壊れた。世界樹より生まれた魂は、死と同時に世界の外へ流れ出て、根源へと遡るという話だ。

 その根源より再び世界樹が魂を吸い上げ、この世界に戻ってくる。


 一見同じ原理に見えなくもないが、根源に混じる事によって、魂に不純物が混じる。

 そうして混じった不純物を抱えて生まれてくるのが――俺のような半魔人である。


 短めの角を持つ混じり物。魔神の一部を世界に持ち込んだ背教者。

 そう言われ続け、差別の対象としてさげすまれてきた。

 

「アナタならわかるでしょう? 我等がどれほどしいたげられてきたか!」


 一言叫び、神父は自らの髪を引っ掴んで毟り取った。

 いや、剥ぎ取ったと言うべきか。


「……カツラ?」


 神父の頭はカツラだった。その下には禿頭に小さな角を持つ頭部。

 浅黒い肌は、青白い俺とは対極だが……明らかにわかる、異形の痕跡。


「半魔人……」

「そう! 私もそこの彼と同じように世界に虐げられた民だ! 違うのは私が無力だった事!」


 俺は英雄という立場を得て、一応社会的な強者に収まった。

 しかしその力の無い者達は、未だに弱者として差別されている。


「我等もこの世界の一員、ならば生きる資格はあるはず! だが世界はそれを許さない! ならば変えねばならない!」

「やめて!」


 ざくざくと少女の死体を刺し、潰し、蹂躙する。

 それを見てコルティナは悲鳴を上げて、制止の声を上げる。


 しかし止めるまでもなく、床に広がった血溜まりの中から巨大な影が立ち上がった。

 全長が三メートルを遥かに超える巨人。その頭部は天井に付きそうなほど。

 ヤギの頭部にヒツジの足を持つ。そしてその手には二本の巨大な剣を手にしていた。


「魔神……!?」

「せっかくの星辰の刻にあなた方の視察があるとは思いませんでしたよ。ですが、この時を逃す訳には行きませんでしたので。そして事は遂に成った!」

「それで生贄を強行したのかよ……それにしても、詠唱なしだと!」


 俺は驚愕の声を上げた。魔法陣を書いていけにえを捧げただけ。

 呪文も唱えていなければ、儀式すら行っていない。それなのに、魔神を喚び出すほど、適性があったのか?


 だがその威容から実力の程は、ヒシヒシと感じ取れた。

 威圧され、震えそうになる指を握り締め、震えそうになる身体を強引に鼓舞していく。


「ティナ――」

「………………」


 俺の声にコルティナは反応しない。

 ほんのわずかに視線をずらすと、彼女は全身を震わせて、委縮していた。


「コルティナ!」

「ヒッ!?」


 俺の叫びに、彼女はようやく我を取り戻した。

 だがそれで事態が解決する訳じゃない。こんな魔神が解放されては、この村が壊滅してしまう。

 かと言って、俺一人でどうにかできるとも思えない。


「ガドルスを呼びに行け。ライエルとマリアもだ!」


 俺はともかく、あの三人が集まれば、倒せない敵はいない。

 この村から、ガドルス達のいる町まで二十キロ程度の距離がある。

 しかし猫人族のコルティナの足は、人間のそれより速い。しかも冒険者として鍛えられているため、そのスタミナもなかなかのものがある。全力疾走すれば、一時間もかからないだろう。

 だが、コルティナはその声に応えようとはしなかった。


「で、でも……こんな相手に……」

「行け! 一時間くらいなら俺でも持たせられる!」

「そ、それなら私も――!」

「お前が行かないと誰が知らせに行くんだ!」

「なら逃げて――」


 そこでコルティナも気付いた。

 部屋の隅で縛り上げられていた子供達。そのすべてが失禁し、震え、硬直していた。

 俺達が逃げたら、あの子供達が犠牲になってしまう。


 俺は腕を一振りして、前もって忍ばせておいた糸を走らせ、その拘束を切り飛ばす。

 だが誰一人として、立ち上がる事はできなかった。

 魔神の放つ威圧感に当てられて、身動きする事ができないのだ。


「クソッ、早く行け。おい、こっちだ!」


 子供達が動けない以上、俺が魔神を引き付けねばならない。

 魔神に向かって攻撃を放ち、その意識を俺に向けさせる。

 そんな俺の意図を察し、神父は魔神に命令を下した。


「させませんよ! 魔神よ、誰一人逃してはなりません、皆殺しです!」

「させるか!」


 神父の言葉が終わると同時に俺は糸を飛ばす。

 召喚魔法に才能はあったようだが、近接戦闘には才能が無かったようで、俺の糸による斬撃をまともに食らう神父。

 首と手足がバラバラに千切られ、吹き飛んでいく。

 だがその顔は、最後まで成就の歓喜に染まったままだった。


「ガアァァァァッァァアアァァァァアアアアア!」


 神父が最後の一瞬に放った指示は、しっかりと魔神に届いていた。

 奴が時間稼ぎしていたのは知っていたので、俺も糸を忍ばせて罠を張っていたのだ。

 これはコルティナの戦術を真似た物。


「ティナ、お前も早く行け!」


 俺の一喝にコルティナも動き出す。


「ああ、もう! 絶対生き残りなさいよね。すぐみんなを連れてくるから!」

「できるだけ早く頼むわ」


 そう言いつつも、糸の網を展開して魔神の攻撃を受け止める。

 それは子供達の周囲を取り巻くように仕掛けてあったものだ。

 それを確認して、コルティナも部屋から飛び出していく。俺が罠を張っていた事を見て、時間稼ぎできると判断したのか。

 ミスリルの糸は魔神の剣を受けても、ビクともせず子供達を守り抜いた。

 それを誰が行ったのか、魔神も察したようだ。連中は言葉は通じないが、頭が悪い訳ではない。


「悪いな、そっちには行かせねぇよ」

「ルルルル……」


 攻撃が届かないと知ってこちらに視線を飛ばす魔神。

 その目には明らかに苛立ちが浮かんでいた。


「来いよ。俺を倒さねぇと、子供達には指一本触れさせない」


 俺は自身を奮い立たせるべく、不敵な笑みを浮かべて見せたのだった。

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