第51話 前世の終わり
子供達は既に糸によって守られている。
その先は石壁に繋がれ、弾力をもって威力を吸収する編み方で展開しているため、生半可な攻撃ではその防壁が崩れたりはしないだろう。
あとは俺と魔神との殺し合いが残されるのみ、だ。
「ゴアアアァァァァァ!」
雄叫びを上げて剣を薙ぎ払う魔神。俺はその剣撃の下を掻い潜り、斬糸を飛ばし反撃する。
幸い天井が低い――魔神にとってだが――状況の為、振り下ろしという攻撃が取れない。
それは魔神の攻撃の幅を狭めることを意味する。
俺にとって、それは防御しやすさを意味していた。
左右から嵐のように襲い来る剣撃を掻い潜り、飛び越え、糸を使って受け流す。
木の葉のように翻弄されながらも、直撃を避け、わずかなダメージしか与えられない反撃を繰り返した。
すでに片手の糸は子供達の防御に振り分けている。
残るミスリル糸は片手分。
横への攻撃しか行えない魔神は、攻めが単調になっている。片手だけでも十分に対応できる。
俺がそう判断を下そうとした直後、魔神が吼えた。
「オオオオオオォォォォォォォォォォォォ!」
絶叫と共に、俺に向かって不可視の力が叩き付けられた。
見えない力に弾き飛ばされて、俺は壁に叩き付けられ――そこへ魔神の追撃の刺突が迫る。
横の動きに慣れた俺に、この突きは非常に避けにくい物だ。
攻撃線から身体を逸らそうと仰け反るが、そのタイミングが一瞬だけズレた。
胸の筋肉を抉り、肋骨をへし折りながら、かろうじて直撃を逸らす。
重要器官へのダメージは避けられたが、もはやまともに呼吸することすら難しい。
「ガ、ガハッ!?」
血を吐いて膝をつく。
激痛に気が遠くなりそうではあったが、ここで意識を失うと俺は元より子供達まで助からない。
勝てるのではないか? その油断が生んだ一瞬の隙。
時間を稼ぐという目的から、倒すという誘惑に駆られた、意識のブレ。
それを見事に突かれた形になる。
これは完全に負け戦だ。それでも諦める訳にはいかない。
俺が生き延びる事じゃない。子供達を生かすために、時間を稼ぐ。
しかし、俺の体力は大きく削られ、もはやそれすら叶わなくなった。
「って事は……倒すしかないじゃないか」
時間を稼ぐ事はもうできない。この怪我ではおそらく、持って十数分。
その時間でコルティナがライエル達を連れて戻ってくる可能性は、皆無だ。
俺が死ねば子供達も死ぬ。この魔神がここから出て行けば、村の人間だって死に絶える。
そして、これだけの力を持った魔神が野に放たれてしまう。
そんな事態になれば、死者はどれほどの数になるか、わかった物じゃない。
俺の逡巡など無視して、再び斬撃を加えくる魔神。
震える足を叱咤して、横っ飛びに避ける俺。ついでにその剣に糸を絡めて動きを封じようとするが、それは力ずくで引き剥がされた。
「ヴァアアアアアアアァァァァァァァッ!」
反撃に衝撃波を放ってくる魔神。これは一度喰らっているので、難なく躱す事ができた。
こちらの魔法の摂理とは全く違うので、タイミングは掴みにくいが、視線によってどこに飛ぶかがわかるので、まだ躱す余裕があった。
続いて俺は首元に糸を絡めるが、絞め殺すまでには到らない。
だがこれで、どうにか準備は整った。
「あとは俺の覚悟次第――」
覚悟を決めて――足を止める。その隙を魔神は見逃さなかった。
足元に牽制の突きを挟んで、本命の横薙ぎの斬撃。
これを躱せば今まで通りの持久戦。しかし俺にそんな時間は残されていない。
ならば勝負を決めるべく――俺は回避を捨てた。
牽制の突きに右足を砕かれながら、大きく糸を引く。
剣に絡めた糸、首に絡めた糸。
それを子供達の防御に繋いでいた糸に繋ぐ。
前方に振り出される剣と、それに繋がれた首。
釣瓶の動きで魔神自らの力で、ミスリル糸が引かれる。
結果――魔神の首は、魔神自らの力によって落とされた。
しかしそれで剣の勢いがなくなる訳じゃない。
ギリギリのタイミングで糸を繋いだ俺に、それを躱す余裕は無かった。
倒れながら振り抜かれた巨剣に左腕を砕かれ、天井に叩き付けられる。
そして子供達のそばに俺は墜落した。
魔神の威圧による束縛が、その直後に解かれる。
だからと言って、すぐに身動きできるものじゃない。
子供達はいまだ硬直し、小便すら漏らして恐怖に打ち震えていた。
だが一人の少女が、俺の元に駆けつけ、傷口を押さえようとしてくれた。
幾多の戦場を超えてきた俺には、これが助からない傷だと理解できた。
それでも、少女を心配させないように、俺は掠れる声で彼女慰めたのだった。
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