第175話 仲違い?

 エリオットと別れ、隠し通路の先を調べに行った俺だったが、やはり大した収穫はなかった。

 主犯であるタルカシールは捕縛していたし、エリオットの身柄も確保したのだが、やはり片手落ちという所だろう。

 しかし俺の手は二つしかない。タルカシールを取り押さえたままでは、仮面の男を追う事はできない。

 どうせタルカシールが口を割るだろうから、そこは無理をする必要もないはずだ。


 抜け道は屋敷の前庭に続いており、塀のそばに出口があった。

 そして塀の柵一部が取り外せるようになっていて、そこから外に逃げ出せるように工夫されていたのだ。


「金持ち連中はどうしてこう……抜け道が好きなんだろうな」


 マクスウェルの使い魔でもいれば、俺の独り言に返事を返してくれただろうが……奴は今、エリオットに付いている。

 このまま騒ぎを聞きつけて駆け込んでくるであろう衛兵に、事情を説明せねばならないので、残らざるを得なかったのだ。

 周囲を探ってみても、仮面の男の姿は、あいにくとすでに無い。


「逃げられたか。まあ、これは仕方ない」


 エリオットが捕らえられていなければ、隠れて一人ずつ殺し、取り逃がす事も無かっただろうが……

 いや、ここは贅沢は言うまい。


「とにかく、この姿だと注目を浴びてしかたない。どこかで元の姿に戻らないとな」


 マクスウェル監修の上、おそらく考えうる限り美化して成長させた俺の姿は、非常に人目を集める。

 こんな姿でうろついていたら、また変なナンパに引っかかってしまう。

 まったく、何が悲しくて男にナンパされねばならないのか。


 集まり始めた人目を避けるようにして、元の姿に戻る。

 自分の手足がいつもの長さに戻り、膝上丈の靴下とミニスカートに包まれたぷにぷにの足が現れた。

 ……いつまで経っても筋肉がついてくれない。


 できればスカートは遠慮したいのだが、フィニアとコルティナの連合軍は手強く、出かける際に身嗜みチェックが入ってしまうのだ。

 こっそり抜けだせばいいのではあるが、わざわざ昼間っから自室を抜け出すのも馬鹿らしい。

 それに今日は幻覚を長時間纏い続ける予定だったので、どうでもいいと割り切っていた。


「予想外に時間が余っちゃったな、どこかでヒマでも潰すか……っと、その前に身体を洗わないといけないか」


 俺の上半身は現在血塗れ。こんな状態で街中をうろついていたら、事件現場にいなくても捕まってしまう。

 幸いと言っていいか、ラウムの首都は水源として川が流れ込んでおり、市民はそこで洗濯などを行う事もできる。まあ、俺の能力ならば、川に辿り着くまで隠れていくくらいはできるだろう。


 そうして体と服から返り血を洗い落とし、一旦自宅に戻って着替えてから俺は前回エリオットに案内されたカフェに寄ることにした。

 あそこの甘味はなかなかの出来栄えだった。エリオット抜きでじっくり楽しんでも、罰は当たらないはずだ。





 翌日、エリオットは何事も無かったかのように、学院に出勤してきた。

 そのそばにはプリシラの姿も存在したので、俺は一安心する。

 彼女の怪我は俺が見ただけでも、肋骨の骨折に内臓の損傷、袈裟懸けに斬り付けられた裂傷に、各所の打撲骨折と目を覆わんばかりだった。

 それでも翌日には動けるように治してくる辺り、さすがマクスウェルである。

 マリアほどの速さはないが、効果は彼女に引けを取らない。


 そして昼休みに入り、俺は久しぶりにミシェルちゃん達と中庭で昼食を取る事になった。

 その途中、中庭から見える窓に、珍しい光景を発見した。


 大きな机に座るマクスウェルの後ろ姿と、それに詰め寄るエリオットの姿だ。

 エリオットは昔から俺たち六英雄に尊敬の念を持ってくれている。そんな彼が、血相を変えて詰め寄るなんて珍しい。


「ゴメン、少し用事ができちゃった」

「え、またですの?」


 最近彼女たちと昼食を取れていないので、レティーナは残念そうな声を上げる。

 同じくミシェルちゃんも悲しそうな表情をしていた。

 だがあの様子は尋常じゃない。すぐにでも状況を把握しないといけない。


「本当にごめんね。代わりに今度、美味しいお店紹介するから」

「むむ!? まあ、それならしかたないですわね……」

「ほんと? やったぁ!」


 レティーナは表面を取り繕っているが、ミシェルちゃん同様に期待感満載な表情が駄々漏れである。

 常々彼女は貴族らしくないと思っていたが、それはそれで素直な魅力になっている。できるならば、貴族社会に染まらず、このまま成長してほしい物だ。


「それじゃ、また後で!」


 だがそんなレティーナを愛でる暇は、今の俺には無い。

 別れの挨拶もそこそこに、スカートの裾を蹴立てながら校舎内に駆け込んでいった。

 頭の上の定位置に陣取っているカッちゃんが、不満げな鳴き声を上げていたが、あの様子はただ事ではなかった。


 まさか仲違いとは考えられない。彼は六英雄を、まるで親のように慕っていたのだから。

 それにマクスウェルは後衛とは言え、経験豊富な実戦派だ。エリオット程度にどうにかできるとも思えない。

 だが不意を突かれれば万が一という事も有り得る。俺は最悪の事態を想定しながら、一階にある理事長室へ辿り着いた。

 するとタイミングよく、エリオットが荒々しく扉を開けて飛び出してきた。


「もういいです、失礼します!」

「こりゃ、待たんか、エリオット!」


 中から帰ってくるマクスウェルの声に、俺はとりあえず安堵の息を漏らした。

 だがエリオットの顔を見て一瞬強張る。

 彼のここまで険しい表情を見た事が無かったからだ。


 エリオットの側も、俺が近くにいると気付いて、ギョッとした表情をする。

 だがすぐさま表面を取り繕い、いつもの柔和な表情に戻っていた。それでも要所が取り繕いきれていない辺り、彼の怒りの深さが見て取れる。


「これはニコルさん。申し訳ありません、驚かせてしまいましたか?」

「い、いえ……」


 俺の前に膝を着き、視線の高さを合わせて語り掛ける辺り、実に紳士だ。

 それ故に、こめかみに浮かんだ血管がよく見える訳だが。


「すみません、少し納得できない事があってマクスウェル様と口論になってしまいましてね……いや、喧嘩したわけじゃないのですが」

「それなら、いいけど?」

「ハハ、あなたに心配かけるなんて、私も修行不足ですね……これでは到底……」

「どうかしたの?」

「いえ……その、なんでもありませんよ」


 一瞬口篭もり、エリオットは立ち上がった。

 その態度には話はここまでという意図がありありと浮かんで見える。


「それでは失礼を。私はこれから行く場所がありますので」

「う、うん。さよなら」


 当惑を隠しきれない俺は、すたすたと立ち去るエリオットを見送るしかできなかった。

 だがそれは別にいい。話はマクスウェルに聞けばいいだけなのだから。

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