第174話 口裏合わせ

 俺がタルカシール伯爵を取り押さえた直後、周辺の警戒に出ていたマクスウェルの使い魔が戻ってきた。

 一応今回に限っては、不法侵入した上に傍若無人を働いたのはこちらなので、誤認逮捕を恐れて警戒をしてもらっていたのだ。いや、誤認というのは少し違うか?


「レ……ニコ、いやハウメア。どうやら周辺が騒々しくなってきたようじゃぞ?」

「表の死体が見つかった?」


 門番を絞殺してそのまま置いたままだ。見る人が見れば死体とわかるし、そうと知れれば騒ぎにもなる。

 だがこちらにはエリオットの救出という大義名分があるし、マクスウェルの後ろ盾も付いている。

 犯罪者にされる事は無いだろうが、今の俺は幻覚を纏ったままだ。

 このまま事情聴取されると、その事実が露見する可能性が非常に高い。


「その鳩……言葉を?」

「ああ、この鳥はマクスウェル――様の使い魔ですから」

「なぜ、そこで一瞬の間ができた?」


 仮にもあの爺さんを様付けで呼ばねばならない俺の逡巡を見抜き、余計なツッコミを入れて来る。

 鳩に表情などあるはずもないが、その顔がイヤらしく歪んだ気がした。


「ん? もっと尊敬と敬愛を込めて呼んでもいいんじゃぞ? ほれほれ」

「クソジジィ……」

「えっ!?」


 ここぞとばかりにからかってくるマクスウェルに、俺の本音が少し漏れた。その迫力に一歩引くエリオット。

 危ない危ない。この爺さんの享楽的な性格は、俺も前世から散々経験してきたじゃないか。

 ここは我慢を重ね、無視するに限る。


「いえ、何でもありませんわ。オホホ……それよりもエリオットさん、怪我は無いですか?」


 表面を取り繕い、愛想笑いで誤魔化しておき、とりあえずエリオットの状態を調べておく。

 後継者を作れないようにするだけなら、それこそ一瞬で済む。そういう処置がされていないか、確認するためだ。

 もっとも『潰され』ていたら、こんなに平然としていられないだろうけど。


「ああ、はい。殴られて少し口を切ったくらいで、大した怪我は……そうだ、プリシラ!」


 立場上プリシラを切り捨てた振りはしていたが、やはり気になっていたのだろう。

 突如血相を変えて表に飛び出そうとするエリオット。しかし足枷が嵌められているため、机から離れる事ができない。


「彼女なら大丈夫ですよ。今マクスウェル――様が治療に当たっておられます」

「マクスウェル様が? なぜあの場所に……?」

「どうやらエリオットさんの待ち合わせと聞いて、面白がってついてきたようです」

「私に、ですか……」

「いえ、私の方に。本当にイタズラ好きなお方で」


 大人げないマクスウェルの行動を、ここぞとばかりにあげつらっておく。

 そんな俺のそばに使い魔が着地する。本来ならば頭や肩に乗りたいところだろうが、幻覚を纏っている以上、その行動は少々危ない。

 膝下に取り押さえているタルカシール伯爵ならともかく、上方向への体格のずれは結構大きい。


「それよりも、人が集まってくればエリオットはともかく、ハウメアは少々問題があろう?」

「そうだ――そうですわね。ここは申し訳ありませんが、エリオット様にこの場をお任せしてもよろしいでしょうか?」

「私に、ですか?」

「多少の言い訳ならば、ワシが代わりに繕っておいてやるわい。ワシの使い魔と知ってなお抗弁してくる者はそうはおらん」

「それはありがたいのですが……だとすれば彼女も一緒にいていいのでは?」

「そうも行かん理由があるのじゃ。お主の素性と一緒でな」


 今魔術学院でエリオットの素性を知っているのは、マクスウェルとコルティナ、そして俺とレティーナの四人だけだ。

 同僚の教師ですら、エリオットが王族であることは周知されていない。

 これはエリオットの社会勉強も兼ねてという、マクスウェルの配慮でもあるのだが、今回はそれが俺の言い訳に利用できる。


「……そうですね。深入りしたことを申しました。謝罪します」

「いえ、お気になさらず」


 俺がエリオットの謝罪を受け入れている間、マクスウェルの使い魔が、くちばしを使って魔法陣を描く。

 そのまま詠唱に入り、開錠アンロックの魔法を使用した。


「使い魔でも魔法使えんのかよ……」


 そういえば、物品転送アポートの魔法も使っていたな。

 その器用さに、思わず俺は素の言葉遣いに戻る。無論、エリオットに聞こえない範囲に配慮して。

 そして、使い魔が魔法を使うという行動に、エリオットも驚愕していた。


「この魔法は掛ける対象が視界内であれば問題ない。もちろん距離による魔力の消費はかかってくるが、こういう使い道もあると覚えておくと良いぞ?」

「ご親切にどうも」


 だが実際のところ、この処置はありがたい。

 俺がエリオットの足枷を外す事は可能だが、奴の足元に蹲るという行為は、俺の身体に触れられる危険性も孕んでいる。

 特に上半身は体格のずれが大きいため、触られると幻覚がバレる危険があるので、どうしようか悩んでいた所だった。

 エリオットが鍵の外れた足枷を取り払うのを見計らって、俺はその場を立ち去る事にした。


「それではエリオットさん。私はいろいろと隠し事が多いので、この場はこれで。タルカシール伯爵は縛ったまま置いておきますので、後の事はよろしくお願いします」

「あ、はい」

「それと、今日の予定はこのままだと流れてしまいますけど、またご連絡差し上げてもよろしいでしょうか?」


 目の前であっさりとタルカシールを取り押さえた俺に、ドン引きされてないかと警戒しつつ、そんな確認を取ってみる。

 だが、エリオットは顔を紅潮させてブンブンと首を縦に振った。

 その子供のような態度に、少し笑いが漏れる。


「では、もう一人の男が逃げた先を調べてきます。おそらくは戻りませんけど……」

「今日は私の不始末に巻き込んでしまって、申し訳ありませんでした」

「いえ。それよりも従者の方を労ってあげてください。とても頑張ってくれたいい子ですよ?」

「それはもちろん!」


 晴れ晴れとした笑顔を浮かべ、俺に答えるエリオット。その顔を見て俺は、隠し通路の先に足を踏み出していったのだった。

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