第173話 あっけない救出

 扉の向こうから静かな、しかし圧迫感のある声が聞こえてくる。

 その声に俺は聞き覚えが無い。


「陛下、ここにサインするだけで、彼女は助かるのですよ? 残念ながら、陛下は無理でしょうが」


「そうだろうな。で、息子を玉座に据えて、自分は摂政として権威を弄ぶと」

「そのような事は……しかし息子はまだ十二になったばかりですので、そうなる可能性は否定できませんな」

「その遺言書は私のサインが無ければ、効力を発揮しない。ならば例え……プリシラが命を落としたとしても、する訳にはいかない」


 どうやら中では、何者かがエリオットに遺言を書く事を強制しているらしい。

 そして状況から察するに、それはタルカシール伯爵で間違いないだろう。

 目的はやはり、エリオットの後釜に座る事か。


 だが毅然としてエリオットは拒否していた。

 プリシラの命を質に取られているらしいが、現在はマクスウェルが救命に当たっている。

 それにこいつらが彼女を助けるとはとても思えない。それはエリオットもわかっているので、この要求は毅然として拒否していた。


「ようやく北部が落ち着いてきたのだ、そこに火種を放り込む真似はできない。例えプリシラの命が失われたとしても、それはできん。そして同様に、私も死ぬ訳にはいかん」

「その覚悟はまさに王者にふさわしいと思いますが、覚悟だけでは世界は変わりませんよ?」

「それでも、認める訳にはいかない。それに先ほどの音、追い込まれているのは私だけではあるまい?」

「まさか。先ほど上に向かった連中は、冒険者の中でも四階位以上の腕利き。それが五人もいれば多少の連中は追い払えますよ」

「どうだろうな……ここはラウム。六英雄が二人も存在する街だ」


 頑固に否定するエリオットだが……どうやら王の自覚は多少出てきたようだ。

 俺が死んだ時は、ピーピー泣いているだけの子供だったのだが。


 ともかく、事件の大元がここにいる事は判明していた。

 ならば後は、エリオットの身の安全を確保しつつ、中の連中を制圧すれば事件は解決だ。


 使えるミスリル糸は一本、長さ一メートル程度だけ。

 近接戦で使える武器は、あとは短剣しかない。しかし、この狭い地下空間ではどうせ長い糸は必要ない。

 俺は軽く息を整え、扉を蹴り開け、室内に乱入することにした。


 ガンと盛大な音を立てて、扉を蹴りつける。俺の蹴りを受けて、扉は――ビクともしなかった。


「い、いたい――」


 どうやら結構頑丈な扉だったらしい。

 しかし、幸運にも中の連中が俺を迎撃しに出たおかげで、鍵は掛かっていなかった。

 仕方ないのでノブを回して扉を開ける。締まらない事、この上ない。


「な、何者だ!?」


 俺はゆっくりと室内に踏み込んでいく。

 その俺の姿を見て、エリオットは驚愕の表情を浮かべていた。


「は、ハウメアさん……? あなたが、なぜここに!?」

「ハウメア? 聞いたことがありませんね……いえ、お嬢さん。どうやって上の連中の目をかいくぐったのか知りませんが――」

「上の連中? 全員あの世に旅立ちましたよ」


 室内には仮面の男と、貴族風の男。積極的に話しかけてきた方がタルカシール伯爵だろう。

 もう一人は突然現れた俺に狼狽し、壁際に張り付いていた。

 そして机の奥にはエリオットが座らされている。足には枷が嵌められており、あれでは自力で逃げる事は難しい。


「旅立ち……?」

「ブッ殺したという意味です。次はあなたの番ですね」


 俺の言葉を、タルカシールは一瞬把握できなかったのか、呆然とした表情を浮かべた。

 同時にエリオットも。

 まさか俺がそこまでの戦闘力を持っているとは思わなかったらしい。いや、そもそもここに俺が現れるとは思っていなかっただろう。


「ハウメアさん、あなたはいったい……」

「助けに来たので、そこで大人しくしていてくださいね」

「え、あ……はい?」


 俺はミスリルの糸を両手に保持し、軽く腰を落とした戦闘姿勢を取る。

 そんな俺を見て、タルカシールも懐から短剣を引っ張り出した。

 どうやら護身用に持ち歩いている物らしいが、やたら派手な装飾が施された重そうな形状や、構え方を見る限り、奴が戦えるとはあまり思えない。


「小娘が、このような場所で邪魔などさせぬ――!」

「そんなへっぴり腰でですか? サイオン生まれの生存能力サバイバリティを舐めないで下さいよ」

「サイオンだと……あの荒野のか!?」


 邪竜に襲われて以来、サイオンは再興されず荒野のまま放置されている。

 しかし実際のところ、俺はサイオンに行った事はあまりないので、これはただのハッタリだ。


 敵は二人。戦る気なのはタルカシールだけだが、もう一人がいつ参戦するかわからない。

 ここは手っ取り早く無力化するしかないのだが、殺さずに捕らえるのは少しばかり……慣れていない。


「どうせハッタリに決まっている、そこをどけ、小娘!」


 俺に向かって叫びながら短剣を突き出してくるタルカシール。だが俺は足を振り上げ、その腕を蹴り上げた。

 普通ならこういう迎撃は難しいのだが、こいつくらいの腕なら余裕である。


 手首を蹴られ、短剣が真上に跳ね上がって天井の土壁に刺さる。

 たたらを踏んで前のめりになったタルカシールの手首に糸を巻き付けて固め、関節技に移行する。巻き付けた糸を利用して背後に腕を回し、そのまま手羽のように締め上げた。

 同時に足を払って床に引き倒し、背中に膝を載せて押しつけ動きを制する。

 そしてもう一人の男を警戒するべく視線を飛ばすが……


「あれ、いない?」


 男の姿は忽然と消えていた。

 代わりに大きく開かれた地下道の入り口。どうやら抜け道が作られていたようだ。


「は、ハウメアさん……無事ですか!?」

「お前が言う――あ、いえ。大丈夫ですよ。慣れてますので」


 うっかり本音を漏らしてしまったが、取り繕った笑顔でごまかしておく。

 エリオットは足枷が嵌められていて、自力で歩く事はでき無さそうだが、大きな怪我をした様子はない。

 俺は膝下でもがくタルカシールに手刀を叩きこんで気絶させ、立ち上がった。


 どうやらこれで一件落着……になるのかなぁ?

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