第330話 対応策

  ◇◆◇◆◇



 マクスウェルがラウムの危機を聞きつけたのは、すでに撃退し終わってからのことだった。

 即座にギルドの通信魔法を使用してコルティナと連絡を取ったところ、彼の元へ連絡が届くのを妨げる存在がいたことが発覚した。何者かによる妨害があったようだ。

 自動書記の魔道具が設置された部屋に何者かが忍び込み、マクスウェルに宛てた連絡用紙のみを処分していたのだ。

 これは部屋の隅に焼け焦げた燃えカスが残されていたことから、事態が判明していた。


「つまりこのギルドに何者かが忍び込み、重要な情報を狙って破棄していたということじゃ」


 コツコツと苛立たしく応接室のテーブルを指で叩き、あからさまに不機嫌を表出させる。

 日頃穏和な彼がここまで怒りを表に出すのは珍しい。それほどまでに、仲間を危機に晒したことが許せないでいた。


「は、これはその、ギルドの施設内部では訓練場を除き魔法の使用は制限されておりましたので、当方としても手落ちがあった感は否めず……」


 マクスウェルを前にして、北部三か国連合の冒険者ギルド長は脂汗を流して抗弁していた。

 これは北部三か国連合に限らず、大陸各地の冒険者ギルドに共通することだ。

 ホールと地下の訓練場、医務室を除き、基本的に冒険者ギルドの執務に関わるエリアでは魔法の使用が禁止されていた。

 これは重要な書類の改竄を防ぐための処置でもある。


 使用した場合は警備に就いていた者に報告が行き、何者が何を目的に何の魔法を使用したのかを詰問されることになっている。

 しかし今回はその痕跡が全く残されていない。


「つまり魔法を使わず記載室の鍵を持ち出し、その場で処理し、逃げ出したということかの?」

「は、その通りです」

「ギルド内に裏切り者がいるという可能性は?」

「わたくし共もその点は疑いましたが、担当者はその時間はカウンターで依頼の受付処理をしておりました。依頼票のサインも残されておりますので、その可能性は低いでしょう」


 詰問の矛先が微妙に逸れたと見て、ギルド長は今回の顛末をマクスウェルに話す。

 鍵が持ち出された時間、その職員はカウンター業務を行っており、その時の書類も残されていた。

 だがマクスウェルはその質問だけでは納得しない。今回のような事件が頻発しては、今後も後手に回ってしまう可能性もあったからだ。


「じゃが、それだけではやや物足りんの。トイレか何かの用で席を立ち、カギだけ持って別の何者かに渡す。これならばほんの数分もかかるまい」

「はい。ですがその職員の一人はその時クレーム処理にかかっており、冒険者と応接室で面談しておりました。その間部屋を出ておりませんでしたので、まず間違いないかと」


 不審者が確認されたのはおよそ五日ほど。その間五回に渡ってカギの不正持ち出しが確認されている。

 その担当者は日によって変わるため、五人の担当者がいたことになるが、その一人がクレーム処理に関わっており、カギが持ち出された時間に冒険者と一室に籠りっきりになってしまう事件があったらしい。

 この一件により、カギだけを持ち出し他者に渡したという手は使用できなくなってしまうことになる。少なくとも、その日は不可能だ。


「では、別の日に合い鍵を作ったという可能性は?」

「それもありますまい。機密保持のため、部屋のカギは毎朝交換されております」

「合い鍵を作る暇がないということか」

「そのカギを交換する職人も、ギルドと懇意にしている職人ですので、裏切りは考えられません」

「ふむ……?」


 マクスウェルは一つ頷き、思案する。

 ここまでのギルド長の対応は、目新しいものはないが、同時に堅実でもある。

 この短時間で聞き取り調査まで済ませており、疑わしい職員のアリバイまで証明しているのだから、有能と言ってもいいだろう。


 しかし、今回の事件に関しては野放しにはできない。そして対策も講じなければならない。

 でないと、ギルドの通信手段に疑惑が発生してしまうのだ。


「あいわかった。しかし手は打っておかねばならんの」

「はい。ことはギルドの信用問題にかかわりますので」

「いっそ術式を公開してしまうというのはどうじゃ?」

「それは……申し訳ありません。マクスウェル様の申し出と言えど、事はギルドの重要案件ですので、私の一存では――」

「いや、これはワシの方が無茶を言った。謝罪しよう」


 かと言って無策ではいられない。何らかの対策を打たねば、今後ギルドの通信網を信頼できなくなる。


「対応職員を日に二人へ増員し、カギも二つ用意する。これで変装せねばならない人間は二人必要になり、侵入する側の負担は増える」

「ふむ、完全とは言えませんが、確かに当面は防げそうですね」

「それと、魔法に頼らない変装に対応するため、出入りの監視はより厳重にせねばなるまい」

「警備を増員して対応させましょう。技術が追い付かない以上、人手でカバーするしかありません」

「うむ、お願いしよう。調査の方も継続して頼む」

「ええ、お任せください」


 その答えを受けたマクスウェルだが、成果については期待していなかった。

 ラウムに侵入したマテウスも、結局は捕まえることはできなかった。向こうが余計な手出しをしてくれたおかげで、身柄を確保できたに過ぎない。

 今回の事件も、マテウス並みの狡猾さを感じさせた。侵入の手口がいまだ判明しないのが、その証拠でもある。


「どうも、また厄介な連中が出てきたようじゃな」


 マクスウェルは軽く肩を落とし、大きく息を吐き出したのだった。



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