第331話 仲間との模擬戦

 コルティナが温泉行きを決定したが、すぐに出発というわけにはいかない。

 学院の授業もあるし、街の復興もある。今回マリアやライエルもついてくると言っていたので、そちらのスケジュールの都合もある。

 その間、俺たちはいつも通りの生活を送っていた。それはつまり、ギルドでの訓練も含まれている。


 俺はクラウドとミシェルちゃん、それにレティーナと対峙していた。

 ここはギルドの地下訓練場で、俺の手には模擬刀が握られている。それはクラウドやミシェルちゃんも同じだ。

 レティーナの魔法も、非殺傷用の物を使うことになっているので、怪我をすることはあっても命の危険はない。


「いくよ!」

「こいやぁ!」


 俺の掛け声に、クラウドが気炎を上げて応える。

 俺は一直線にクラウドの元へと駆け込んでいく。クラウドもその役割上、俺の前に立ち塞がった。

 クラウドの元に到達する直前、ミシェルちゃんの矢が俺の元へ飛来してくる。

 その矢は的確に俺の額と心臓を狙っていた。


「だからこそ――!」


 彼女の腕が正確だからこそ、狙ってくる場所が予測できる。俺は手にした模擬刀を振るって二本の矢を叩き落す。

 その勢いのままクラウドに斬り掛かるが、あっさりと盾に防がれてしまう。クラウドは俺の斬撃を警戒していたのか、過剰なまでに足を踏ん張っていた。

 だが俺は、クラウドを大きく押し切ろうとはせず、回り込むように身体を動かしていた。

 そして俺のいた場所を、レティーナの魔法が撃ち抜いていく。


 クラウドの身体を盾にして、レティーナの魔法とミシェルちゃんの矢を防ぐ。

 だがこのままでは俺も手がない。クラウドを突破しないことには、レティーナにもミシェルちゃんにも攻撃を加えることができないのだ。


 今回のルールは、俺はカタナを主に使い、付与魔術も操糸も封印すること。

 ミシェルちゃんもバングルの力は使わず、白銀の大弓サードアイを使用しない。

 互いにただの剣士、ただの弓士として、どれほど戦えるかを確認するのが、今回の試合の目的だ。


「こ、のぉ!」


 俺の斬撃が予想外に軽かったため、下手に力を入れていたクラウドは、完全に対応が遅れていた。

 俺を押し返すために腕に力を入れ、盾を押し出してくる。その力を利用して、左手で盾に手をかけ、引っ張って防御の隙を作る。

 一瞬驚愕したクラウドだが、無理に盾を引き戻そうとはせず、剣を振り下ろしてきた。


 これはゴブリン戦から感じられることだが、今まで防御一辺倒だったクラウドが、攻撃も意識するようになっていた。

 盾役としてはあまりいい傾向ではないのかもしれないが、戦士としてなら悪い傾向ではないだろう。

 今まではミシェルちゃんや俺が請け負っていたトドメ役フィニッシャーを、自分でもやろうという意識になっている。

 これは戦士として、攻防のバランスを考え出したということに違いない。


 振り下ろされる模擬剣を模擬刀で受け止め、そのまま受け流す。

 受け流した動きのままに一回転し、同時に腰の短剣――これも模擬剣だが――を引き抜く。

 回転の勢いを乗せて、短剣でクラウドの腹を薙ぎ、模擬刀を逆手に持ちさらに腹を抉る。

 もちろん刃は付いていないので、クラウドが怪我するようなことはなかったが、これが実剣なら確実に致命傷を負う攻撃だ。


「クラウド、あうと」

「ぐぬぅ」


 俺の宣告を受け、負けを認めたクラウドはその場で死体役へと移行する。

 クラウドが倒されたことでレティーナは短呪系の魔法を詠唱し始めていた。

 そんな彼女に俺は短剣を投げつけ、詠唱の邪魔をした。


「きゃっ!?」


 顔をめがけて投げつけられた短剣を、身を屈めて避ける。頭を手で抱えてしゃがみ込む避け方というのは、冒険者としてどうだろう? 可愛いからいいけど。いやよくないか。

 一瞬、そんな埒もないことが脳裏に過ったが、その間も俺の動きは止まらない。

 しゃがみこんだ隙に一気にレティーナへの距離を詰めにかかった。

 もちろん、それをさせじとミシェルちゃんが矢を射かけてくるが、正確な射撃をするがゆえにタイミングさえ読めれば躱すことはむしろ容易い。

 地面を転がるようにして矢を躱し、低い位置から模擬刀を突き刺す。


「なるほど、今日は青のストライプ……じゃなくて、レティーナ、あうと」

「どこを見てますの!」


 バッとスカートの裾を押さえながら地面に倒れようとするレティーナ。

 しかし彼女の役目はそれだけではない。俺は前のめりに倒れかけていたレティーナを肩に担いで、そのままミシェルちゃんに特攻した。

 子供のような体格のレティーナならば、俺でも抱えられる。そう判断しての戦術だ。


 ミシェルちゃんは牽制の矢を放とうとするが、俺が抱えているレティーナが身体を隠しているため、撃ち込むことができずにいた。

 後は接近戦に持ち込めば、彼女にあらがう術はない。


 勝利を確信し、一層加速しようとして……俺は足を滑らせた。


 レティーナの身体ですら、俺の筋力では支えきれなかったのだ。

 これが一定の能力を保っているのなら、俺だってその力量を量り、相応の戦い方をする。

 しかし日々成長する身体は、筋力と体型の変化が激しい。

 筋力があまり伸びないのに、胸と尻が成熟し、逆に腰がくびれていく。

 その微妙なバランスの変化に、俺自身がついていけていない。

 足のサイズはほとんど変わってないのに、上半身の重さが増え過ぎているのだ。想定していたバランスと違ったため、俺は足を引っかけてしまい、前のめりに転がってしまった。


「みぎゃっ!」

「うきゃあ!?」


 レティーナともつれ合うように転がり、隙を晒す。

 勢いよく倒れたためレティーナのスカートはまくれ上がり、周囲に下着が丸見えとなってしまう。

 それは俺も同じなのだが、ミシェルちゃんにとってはそれどころではなかった。


 この機を逃せば彼女に勝機はない。

 倒れた俺に容赦なく矢の雨を降らせてくる。


「えいっ、えいっ!」

「いたっ! ちょ、まいった! わたしの負けだから、すとーっぷ!」

「このっ! てやぁ!」

「まって、お願いだからとまってぇ!?」


 興奮したミシェルちゃんには俺の敗北宣言が聞こえていなかった。

 矢筒にありったけの矢を俺に……俺たちに撃ち込んでくる。それはレティーナも巻き添えを食らうということだ。


「きゃあ! ミシェル、当たってます、わたしにも当たってますわよ!?」

「てや! てや!」

「痛い痛い、鏃が綿製だけど当たると痛いから!」

「だ、誰かミシェルを止めてくださいましぃ!」


 結局クラウドが見かねて止めるまで、俺たちは地面を転がってのたうち回ることになったのだ。

 なお俺と幼女レティーナが地面で絡まり合う姿を見た見学の冒険者たちは、眼福と言う表情で訓練場を後にしたのだとか。

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