第26話 街道での襲撃

 旅に出て最初の二日は何事もなく、順調に進んでいた。

 問題があったとすれば、俺の馬車酔いくらいである。

 だがその日は様子が違っていた。


 乗客と護衛の冒険者たちの親睦もはかられ、緊張も解れてきた時期。

 ある意味、最も油断しやすい期間である。


 森の中の街道を馬車が進んでいた時、俺の感覚の端になにかが引っ掛かった。

 だが敵意を感じるという程ではなく、違和感だけが存在している。


「ん?」

「どうかしました、ニコル様?」

「んー?」


 こういう経験は、かつて何度かあった。

 そういう時は必ずといっていいほど、意思を持たない敵が存在したのだ。


「なにか居るかも。警戒した方がいい」

「なにかって……なんでしょう?」

「たぶん、人工生命。敵意のない敵」


 俺の言葉を聞き、フィニアは即座に冒険者にそれを伝達しに行く。察しが良くて実に助かるね。

 敵意の無い敵というのは、実際に存在する。


 ガーゴイルやブロブ、ゴーレム。それに植物系のモンスター。


 こういった敵は敵意を持たず、本能や命令で反射的に襲ってくるため、擬態されていると発見するのが難しい。

 それを見抜くのも斥候職の仕事と言える。


「敵がいるって、本当か!?」


 フィニアの報告を聞き、冒険者の一人がこちらにやってきた。

 その目には疑惑と、そして切羽詰まったような表情が浮かんでいる。

 擬態モンスターは、罠にはまった時の死亡率が非常に高い。感知できなかったという事は、すでに後手を踏んでしまっていると言っていい。

 だからこそ危機感を持って、こちらに確認しに来たのだ。

 

「うん。しんこー方向に少し。後、森の中にも」


 子供っぽい話し方を心掛けている訳ではないが、舌が回りきらないので子供っぽい話し方になってしまう。

 しかも声質が高く透き通るような響きを持っているので、迫力も何もない。

 だが俺の言葉を受け、冒険者は女性の冒険者に目配せする。それを受けて彼女はすぐさま馬車の前方へと駆け出していった。


「森の中は、こちらから足を踏み入れねば大丈夫だろう。問題は先で待ちかまえていると言う奴だな」


 本来ならば、子供の戯言と切って捨てられてもおかしくはない報告。

 だがこの二日で俺がそう言う嘘を吐く子供ではないと、十分に認知されている。

 だからこそ冒険者は、真剣に対応してくれているのだ。


 馬車が足を止めてしばらく、前方に偵察に出ていた冒険者が戻ってきた。


「どうだった?」

「確かにいたわ。ブロブが二匹、街道脇の草の陰に」

「驚いたな。これだけ距離が離れていて感知できるのか……」

「えっへん」


 子供らしく胸を張っては見たが、実際褒められると言う行為は、いつになっても気持ちいい物だ。

 少々天狗になっていたとしても、致し方あるまい。


「ブロブは動きが鈍い。不意を突かれさえしなければ、そう強敵ではない。ここは俺達が先行して排除してくるから、待機していてくれ」

「本当に大丈夫なのか?」

「ああ。正面から戦うなら、怖い敵じゃないさ」

「武器は溶かすけどね」

「うっ、酒の予備はあるだろ」


 ブロブの特徴として存在するのが、強力な酸攻撃である。

 これは自身の身体の一部を射出してくる攻撃の為、攻撃に使った武器も酸に侵されてしまうのだ。

 放置しておくと数時間のうちに腐蝕して、使用できなくなってしまう。

 それがブロブのイヤらしいところである。

 これを防ぐにはアルコール類で殺菌消毒しないといけない。冒険者が酒を持ち歩くのは、それなりに理由が存在する。


「あと打たれ強い敵でもある。だから時間がかかるかもしれないが、様子を見に来たりするなよ?」

「私達が二時間たっても戻らなかったら、そのまま引き返して」

「あ、ああ」

「大丈夫よ。あくまで、万が一の場合だから」


 心配気な商人にそう声を掛けて、冒険者達が駆け出していく。

 その背中を見守りながら、ミシェルちゃんがポツリとつぶやいた。


「大丈夫かなぁ? お話聞いてた限りじゃ、結構ウッカリ屋さんに聞こえたけど」

「だいじょーぶだよ。そう言った経験もしてきたって話だから。タフな敵だから時間はかかると思うけど」


 俺の経験から見ても、彼等はブロブ程度に負ける力量ではない。

 だがそこで、俺は新たな気配を感じ取った。


「あっ」

「どうしたんです?」

「後ろからすごいスピードで何か来る。敵意あり」

「敵だって!?」


 恐らくはこの馬車を狙っていた野生動物だろう。俺の探知範囲の外から襲い掛かってくるとか、よっぽど広い索敵範囲を持つ敵だ。

 俺の言葉を聞き、色めき立つ大人達。

 子供を守るべく、弓を抜くミシェルちゃんの父。フィニアも短剣を構えて馬車を降りた。


「わ、わたしも……!」

「ミシェルちゃんは馬車から降りないで。そこから射撃」

「そ、それでいいの?」

「うん」


 短くそれだけ指示して、俺も馬車から飛び降りカタナを抜いた。

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