第25話 旅程
馬車に揺られながら、俺達はラウムへの旅路を急ぐ。
旅路は順調で、心配された襲撃もなく……なく……うぷっ。
「ふぃにあ、酔った」
「またですか、ニコル様!?」
本日二度目の馬車酔い宣言にフィニアは驚愕の表情を浮かべた。
馬車の旅自体は順調なのだが、俺の体調は順調ではなかったのだ。この状況を想定して酔い止めのポーションを先に渡していた、マリアの慧眼に恐れ入る。
しかしそれも、俺の虚弱体質の前には
さすがに親友のミシェルちゃんも、俺の醜態に呆れたような笑いを浮かべていた。
とは言え、俺の体調に合わせて馬車を止めては、旅程に遅れが出てしまう。
そこでフィニアは懐からいつも身に着けている
馬車とは言っても座席がある旅客馬車ではなく、荷台に風雨を避ける幌だけ付けた、荷台に直接座り込む荷馬車だ。
乗り心地は最悪に近いが、こういう時に横になって身体を伸ばせるのは利点と言えた。
フィニアの柔らかな膝の上に頭を乗せ、鼻先に爽やかな香りを放つポプリを持ってきてその香りに浸る。
彼女のポプリにはラベンダーの他にミントの葉なども使われているため、清涼感ある香りがする。
その爽快な香りが、疲弊した三半規管を癒してくれるのだ。
「んふぅぅぅ」
「クス、ニコル様ってば、まるで子猫みたいですね」
「うん、ニコルちゃん、ネコみたーい」
「これ!」
フィニアと一緒に俺の醜態を笑うミシェルに、彼女の母親が慌てた様子で叱る。
俺はこう見えても英雄の娘なので、下手な貴族よりも敬意を払われているのだ。
母親もマリア達の不興を買ってしまわないか、戦々恐々としているのだろう。
ラウムでの生活支援もしてもらっているので、気が気ではないのだ。
「いいよ、べつに。わたしの身体が弱いのは事実だ――もの」
いまだに俺は女性的言葉遣いというモノに違和感を覚えている。
自分の事を私と呼ぶのにはどうにか慣れたのだが。
ラウムに向かうこの馬車には、俺達とミシェル親子以外にも数人の商人などが乗っている。
商人が村で稼いだ売り上げを持って、ラウムの町まで戻るためだ。
大金を持ち歩いているため、護衛も三人付いている。
その彼等も、俺と言う同行者がいる事で少々緊張している様子だった。
「そうだ、冒険者のお兄ちゃん。何かお話して?」
「ニコル様……それは……」
彼等も護衛の任務中である。
子供の要求を聞く必要はないし、そんな暇もないだろう。
休みなく周囲を警戒するというのは、必要以上に精神を消耗するのだ。
俺も冒険者時代は散々経験している。
「大丈夫だよ、周囲にはモンスターとかいないし」
「え、分かるのですか?」
「なんとなく」
これは生前のスキルによる感知能力だが、身体能力に関わらない範囲なので、今の俺にも以前と変わらぬ感知能力を得ている。
その感知範囲には、敵の存在は引っかかっていない。
彼等にしても、馬車と一緒に行軍しているのだから、そう言った息抜きをする必要もあるだろう。
交代で警戒すればいいのに、全員で警戒しているのだ。これだけ張りつめていると、いずれは擦り切れてミスを犯しかねない。
「それは……本当でしょうか?」
「確かに私達の警戒範囲には敵はいないようだけど……」
俺の言葉に、フィニアが冒険者の一人に尋ねてみた所、同様の答えが返ってきた。
当然だ、こんな駆け出しに先んじられる俺ではないのだ。
「ね? わたし結構耳はいいんだから」
「まぁ、それなら――話してもいいかな?」
こうして冒険者達は、俺達に今までの冒険の話を語ってくれることになった。
それは小さな村では経験できないような、冒険譚だった。
皆、それを興味深そうに聞き入っている。ただし俺以外。
俺からしてみたら、彼等の冒険譚は、穴の多いずさんな冒険の結果にしか聞こえなかったのだ。
それでも旅の
なにも喋らず、黙々と座っているだけというのも、地味に疲労が溜まる行為なのだ。
「そこで急に物陰からトロールが飛び出して来て――」
「おおっ!?」
「でもそこ、トロールが出るスペースなかったんじゃない?」
トロールは身長5メートルにも及ぶ巨人の一種だ。その前の彼等の話では、天井が3メートル程度しかないという話だった。
「うぐっ……そ、それは……」
「もう、話を盛るから……そこで出てきたのはゴブリンだったのよ」
冒険者三人は、男二人に女一人。その女性冒険者が男の矛盾を解説してくれた。
まぁ、一般人相手に話を盛りたい気持ちも判らないでもないが、こちらも気を晴らすために聞いてるので、ツッコミを入れるくらいは容赦してもらいたい。
それに俺がそうやってツッコミを入れてやると他の乗客達も声を出して笑う。ある意味、親睦が深まっているとも言える。
過去の経験から、腕利きすぎる熟練者は、それだけで畏れられる傾向がある。
こうしてちょっと抜けてる冒険者を演出してやる事で、一般人から親しみを持たれるのである。
マリア達が引退した後の俺達には、それができなかった。
乗客達と笑顔を交わしあう冒険者を見て、そんな事を思い出しながら旅は続いたのである。
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