第24話 出立の朝

 そしてついにラウムへと旅立つ日がやってきた。

 村からラウムの学園に受験するのは、俺とミシェルちゃんの二人だけだ。

 そもそもよっぽどのエリートでないと、あの学園には受験する事すら叶わない。

 言わば、選ばれた者による狭き門なのである。


 村の入り口付近で馬車に荷物を積み込みつつ、俺は両親と別れを惜しんでいた。

 その間にフィニアがせっせと荷物を積み込んでいる。

 マリアもライエルも、旅慣れているので荷物は最小限に抑えてくれていた。

 むしろフィニアが、あれもこれもと荷物を増やしたくらいだ。


「それじゃ、ニコル……別れは惜しいが……本当に惜しいが……行くなぁ!」

「アナタ、そのくらいにしておきなさい」


 滂沱ぼうだの涙を流して、今更のように俺を引き留めに掛かるライエルと、その後頭部を容赦なく張り倒すマリア。

 最近のマリアは、母親のタフさが出てきたように感じられるな。

 後ライエル……お前は生前のイケメン振りはどこへ行ったよ?


「ニコル、くれぐれも身体には気を付けて。酔い止めのポーションは持った?」

「うん、大丈夫」

「アナタは身体が弱いのだから、本当に気を付けてね? 何かあったら遠慮なくコルティナかマクスウェルに言うのよ?」

「うん」


 俺がラウムに行ける理由。

 その一つが、俺の後見をマクスウェルとコルティナが引き受けている事にある。

 無論フィニアも付いてきてくれるのだが、彼女はしょせん一般人だ。荒事になれば、彼女の力はあまり当てにならない。

 ミシェルの両親も同行はしているが、彼等も結局のところ普通の狩人である。権力者の子弟が通う学園での問題には役に立たないだろう。


「大丈夫、ちゃんと媚びを売っておくから」

「二人の恥ずかしい過去は覚えてる?」

「無論」

「おい、マリア……なんてことを教えてるんだ……」


 揉め事が起きた際、マクスウェル達を強制的に協力させる切り札として、俺はマリアから二人の恥ずかしい過去を教え込まれている。

 マクスウェルの過去はわりと知っていたのだが……そうか、コルティナまで……などと驚く事も多かった。

 むしろ、できれば知りたくはなかった。


 そんな会話を傍で聞いて、ライエルは冷や汗を流していた。

 思いもかけぬ、嫁の腹黒さに戦慄したようである。

 正直、俺もちょっとドン引きしたくらいだ。


「ま、まぁ……ニコル、カタナは持っているな?」

「うん、これなら振れる」

「じゃあ、肌身離さず持っておくんだぞ。危なくなったら――躊躇なく敵を殺せ」


 ここはライエルも真剣な表情で忠告してきた。

 この村はライエルとマリアの庇護により、治安はかなり安定しているといっていい。

 時折モンスターが侵入する事もあるが、大きな被害が出る前にライエルによって討伐されていた。


 だが村の外では、話が違う。

 治安機構に重大な損害を受けた北部三国は、統合されて一国になっている。

 それは国を作るべく人材が一国分しかいないという事でもあるのだ。


 関連して治安組織も、国内に行き渡っていない。

 ひっきりなしに襲い掛かってくるモンスターに、喰いはぐれて盗賊にまで身をやつした農民や傭兵。

 そう言った脅威を追い払うには、殺される前に殺す覚悟が必要になる。

 ミシェルちゃんですら、モンスターを殺すまでに結構な逡巡があったのだから。


 その戸惑いが隙になる。ライエルはそう忠告しているである。

 無論、俺には無駄な忠告だ。六人の英雄の中で、俺は二番目に容赦のない性格をしているのだ。

 ちなみにトップはコルティナである。

 最悪、味方すら切り捨てる軍師を務めていただけあって、窮地における冷静さでは彼女に敵う者はいない。


 馬車のそばでは、ミシェルちゃんとその両親が荷物を積み終えていた。

 俺の荷物はフィニアが既に積み込み終えている。


「それじゃフィニア。ニコルの事、頼みましたよ?」

「任せてください、マリア様。命に代えてもお守りいたします!」

「そこまでは言わないけど……ニコルはしっかりしてるようで抜けてるから、主に生活的な面で、ね?」

「はい、必ずや一人前のレディにお育て致しますとも!」

「いや、それはいいから」


 俺はフィニアの後ろで、ボソリと呟いた。無論、彼女には聞こえていない。

 だがレディに育てられるのは、さすがに遠慮したい所である。その際は隠密のギフトを最大限に利用して、とっとと逃げ出すとしよう。


「私とライエルから学んだことは忘れずに。自分の身を最優先に、ね?」

「はい」

「フィニアもよ?」

「え、わたしも、ですか?」

「あなたも私の家族よ? だから自分の身は絶対に守って」

「ですが……」


 フィニアはそれでも口籠る。

 彼女はいまだ、俺――レイドを死なせてしまったという妄想に囚われているのだ。

 だからこそ、マリアは彼女にも自分を守る様に忠告している。

 贖罪の意識に駆られて、俺を守るために命を捨てかねないと思っていたから。


「分かりました。マリア様がそうおっしゃるなら」


 戸惑いを残しながらも、彼女はそうマリアに誓って見せた。

 それを見て、マリアはフィニアの肩に手を置く。


「いい? 何度も言ったけど、レイドの死は貴方のせいじゃないわ。あれはあのバカが格好をつけただけ」

「そんな! レイド様は――」

「ぐふっ」


 マリアに格好つけ扱いされた俺は、後ろでこっそり咳込んでいた。

 しかし、ここは口を挟んでいい場面じゃない。


「あのバカは貴方を守るために……そして、コルティナを守るために、命を捨てたの。その判断を下したのはレイド自身。そこにあなたが割り込む余地はないわ」

「それでも、わたしは……」

「彼の死は彼の判断の結果。それを否定するのは、彼の判断に対する冒涜ぼうとくでもあるのよ」


 この意見に関しては、俺も同意だ。

 フィニアが自分を責める理由はない。幼い頃に見た衝撃的な死。それがトラウマになって自分を責めているだけだ。

 その影響か、多少美化フィルターがかかっている気がしないでもないが……とにかく、自分を責めるのは間違いだと教えないといけない。


「この旅で、あなたも自分を許せるようになるよう、がんばりなさい」

「そのために私を……雇ったのですか?」

「それもあるわね。でも一番は、あなたが一番真摯にニコルの事を思ってくれたからよ。例えレイドへの贖罪の意識があったとしても、ね」


 そう告げてフィニアを優しく抱きしめる。

 涙を流してその抱擁に応え、俺達は旅に出たのだった。

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