第27話 奇襲
敵の姿はまだ見えない……いや――
「ヴァルチャー!」
現れたのは、大柄なハゲワシみたいなモンスターだ。それが三羽。
俺の感知範囲に掛からなかったのは当然、遥か上空からこの馬車を狙っていたからだ。
障害物の多い森の上空を避けて、街道に沿うように飛翔し、襲い掛かってくる。
「迎撃して!」
俺の声に反応してミシェルちゃん親子が矢を放つ。
しかし、上空から襲い掛かってくるヴァルチャーには、なかなか当たらない。上方への射撃と言うのは、難易度がいきなり跳ね上がるからだ。
見る間に近付いてくる三羽に、俺とフィニアが立ち塞がる。
「ギャアアァァァ!」
奇声を上げて爪を掛けに来るヴァルチャー。俺はそれに合わせるようにカタナを振り上げる。
カタナと言う武器は、通常の剣に比べて遥かに刀身が細い。
切れ味を集中的に上げる様に鍛えられた刀身は、その殺傷力のわりに非常に軽かった。
俺の筋力でも、十分に振り回せる重さなのだ。
擦れ違いざまに撫でるように羽を斬り落とす……つもりだったが、空振りする。
俺の剣速では、捉え切れない。
「くっそ!」
「ニコル様、退がってください!」
「そうもいかない!」
俺はフィニアにそう返して、続いて襲い掛かるヴァルチャーに備えた。
近接戦を鍛えた俺ならばともかく、後ろに控えるミシェルちゃんは至近距離での戦闘は鍛えていない。
ましてやその父親に到っては、戦闘の心得すらない。
ここで俺が前に立ち、ヴァルチャーの注意を引かないと、彼女達が矢面に立ってしまう。
フィニアも護身程度の心得しかないため、ヴァルチャー三羽は荷が重い。
幸いと言うか、ヴァルチャーは直線的な攻撃しかしてこない。
待ちかまえれば攻撃を当てる事も可能なはず。
再び俺を目指して急降下してくるヴァルチャー。
その直線状に剣を構えて立ち塞がる。カタナの峰に手を添え、全体重を前に掛けていった。
立てた刃に一直線に突っ込んでくるヴァルチャーと、その正面に立つ俺。
ギリギリ爪を躱しつつ、あえて切れ味を捨てて体重だけでヴァルチャーを押し切っていく。
擦れ違った後、ゆっくりとヴァルチャーは地に落ちた。
これで一羽。しかしまだ残り二羽存在している。
だがヴァルチャーも先程の様な手段はもう通用しないだろう。鳥頭とは言え、直近の攻撃程度は覚えているはず。
ならば別の攻撃手段で上書きすればいい。
「朱の一、群青の一、翡翠の一。鋼の如き
俺の術式により懐に入れた毛糸が強化される。
翡翠は距離を表す。一はゼロ距離を意味する。これで俺自身、もしくは装備品を強化できる。
先ほど経験したが、俺の敏捷さではヴァルチャーは追い切れない。
そして全体重をかけてようやく切り裂けた事をみると、攻撃が当たっても致命打になるとは思えない。
だからこそ、次の手を今のうちに打っておく必要があった。
「朱の一、群青の一、翡翠の二、山吹の三。放たれし弓勢に力を与えよ」
続いてミシェルちゃんの弓に力を与える。距離が離れていた分、余計な魔力を持っていかれた。
こういう時に同時に魔法を掛けられない不器用さが恨めしくなる。
俺の魔法の動きに触発されたのか、ヴァルチャーが一斉に動き出した。
一羽は俺に、もう一羽はフィニアに。
とっさに俺は上着を脱いで左腕に絡める。
これをクッションにして、ヴァルチャーの爪を腕で受け止めた。
無論、ヴァルチャーの爪が子供服程度で防げるはずもない。あっさり上着を貫き、俺の腕を傷付ける。
「ぐぅっ!」
激痛に歯を噛み締め、武器だけは手放すのを防ぐ。戦場で武器を放すなんて、新人のする事だからだ。
だが問題はそれだけではない。食い込んだ爪が上着に掛かり外れなくなってしまったのだ。
俺はただでさえ軽い体重なので、ヴァルチャーは諸共空高くに舞い上がろうとする。
しかし、ここまでは俺も計算していた。
ヴァルチャーの目的は餌の確保である。
ならば最も体重の軽い俺は格好の餌になるはずだ。
ならばこうして持ち上げられる事も、想定できる。
「ニコル様!?」
空に浮かんだ俺を見て、フィニアが慌てたような声を上げる。
すぐさま俺を押さえるべくこちらに駆け出そうとするのだが、その前に別のヴァルチャーが襲い掛かり、やむなく足を止めていた。
それはそれでいい。彼女にこちらに来られては、計算が狂う。
勢いよく高度を上げようとするヴァルチャー。だがその上昇が急に停止した。
一本の糸が、俺と馬車を結び付けていた。
先ほど強化しておいた毛糸である。これを馬車に結び付け、身体を固定しておいたのだ。
ヴァルチャーは何が起きたのか理解できず、一瞬動きが止まった。
その隙を利用して、羽の付け根に刃を突き立てる。だが片手の上に踏ん張りの利かない態勢では有効なダメージは与えられない。
だが、それでもいいのだ。俺の攻撃はしょせん、オマケである。
その一瞬の隙を突いて、ミシェルちゃんの矢がヴァルチャーの頭蓋を撃ち抜いたからだ。
つまり、俺はそのままヴァルチャ―と共に地上へと落ちて行く事になる。
先ほどの攻撃だって、無意味ではないのだ。
まだ高度は数メートルしかないとは言え、俺の身体では耐えられるかどうかわからない。
そこで、先ほど突き刺したままのカタナを引き寄せ、ヴァルチャーを引き寄せる。その死骸に抱き着くようにして、クッションとして利用する。
「ぐはっ」
地面に叩き付けられた衝撃で、思わず息が漏れる。
身体――特に右腕が痛いが、それでも動けないほどではない。
ヴァルチャーの身体が、落下の衝撃の大半を受け止めてくれたからだ。
こうして地面との墜落の衝撃を殺し、地上に生還したのだった。だが気は抜けない。最後の一羽が……フィニアの戦いがまだ残っている。
見るとフィニアの方も、短剣を使う防御に徹した動きで最後のヴァルチャーを引き付け、止めている。
そこへミシェルちゃんの父が矢を射かけて、着実にダメージを与えていた。
あの調子ならば、俺が乱入するまでもなく、討伐できるだろう。
むしろ俺が介入する事で状況が変わり、悪化する可能性だって存在する。
フィニアだって英雄の元へ使用人としてやってくるほどの人材である。
専門の教育を受けている俺や、ミシェルちゃんほどではないが、それなりに戦闘の心得はあった。
結局、最後のヴァルチャーも、そこに割り込んだミシェルちゃんの一撃で頭を撃ち抜かれて、息絶えたのだった。
「ニコル様、無事ですか!?」
「うん、だいじょうぶ」
「な訳ないでしょう! 腕を見せてください、早く!」
ヴァルチャーが片付いた直後、すごい剣幕でこちらに駆けつけ、傷を見るフィニア。
その目には怒りと同時に涙が浮かんでいた。
「ああ、こんなに傷が……ニコル様の肌に……」
嗚咽を漏らしながらも、俺の腕に常備している薬草を塗り付け包帯を巻いていく。
彼女はエルフの習性なのか、薬草に関しての知識が深い。
元々も傷も深くない事だし、この程度ならば傷跡も残さず治るだろう。
「あのような真似をして、私はどうしようかと……ぐすっ」
「いや、大丈夫だったし」
「もう二度と! あんな危ない戦い方はやめてくださいね! でないと泣きますよ!?」
「あぅ、それは困る」
泣いているのか怒っているのか分からないフィニアを見て、彼女の前で心配かける行動を取らぬように自重しようと思い直したのだった。
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