第28話 彼女の決意

 俺がフィニアに治療されている最中、冒険者達が戻ってきた。

 そこに散らばるヴァルチャー達の死体を見て、驚愕の表情を浮かべる。


「なにがあった!?」

「ああ、レオンさん! 大変だったんですよ、あなた達ががブロブを退治しに行った直後にヴァルチャーが!」

「なんだって!」


 更に驚きの声を上げるが、そのヴァルチャーがすでに討伐されていると知って、ようやく疑問符を浮かべる。


「誰が倒したんだ?」

「それより治療でしょ! ニコルちゃんだっけ、大丈夫?」

「うん」


 レオンと呼ばれた冒険者は、この一団の中でリーダーの位置にいるようだったが、それを制して女性冒険者が俺の元へ駆け寄ってくる。

 その間も商人が先ほどの戦闘を興奮気味に語っていた。


「テムルさん、少し落ち着いて。エレン、彼女の様子はどうだ?」


 テムルと言う商人をひとまずなだめ、エレンと呼ばれた女性冒険者に俺の容体を尋ねる。

 彼女は、俺の傷痕とフィニアの応急処置をの具合を見て、小さく頷いた。


「うん、傷は深くないわ。応急処置も完璧。これなら傷も残らないわね」

「それならよかった。ニコルちゃん、君が撃退してくれたのかい?」

「ううん、みんな」


 確かに俺は矢面に立って戦ったが、それはフィニアも同じだ。それに二羽倒したのはミシェルちゃんである。

 非力な身体に転生した俺一人の力では、決して倒せなかっただろう。


「わたしが倒したのは一羽だけだし」

「むしろ、その歳で一羽倒すだけでも大したもんだ」


 ヴァルチャー自体は強いモンスターではない。

 駆け出しの冒険者が肉や羽毛目当てに狩る事も少なくない。

 だがそれは肉体的に壮健な冒険者であればの話だ。

 俺のように身体のできていない子供が倒すと言うのは、かなりの快挙と言える。


「一体どうやって倒したのか、逆に聞かせてくれないか?」

「んー、それはミシェルちゃんから。わたしはつかれ、た……」

「そうですよ! ニコル様は怪我をなさっているのですから、安静にして頂かないと」

「あ、そうか。すまない、配慮が足りなかったな」


 フィニアの言葉はかなりきつかったが、俺としては正直ありがたかった。

 最初のヴァルチャーを倒した時にカタナを強引に支えて押し斬ったため、右の手首がずきずきと痛んでいる。

 それに二羽目の敵に吊り上げられた時、馬車に繋ぎ止めるために使った毛糸も、右手で保持していた。

 今、俺の右手はかなりの負担がかかった影響で、壊れる寸前だった。

 落下した時に受けた全身の衝撃も見逃しがたい。


「ニコル様、こちらへ」


 フィニアが馬車の幌の中に、敷居を立てて俺のためのスペースを作ってくれた。

 そこへ俺とエレンと言う冒険者が一緒に入り、服を脱いで全身を隈なく診察する。

 この馬車は雨風を凌ぐために幌を付ける事ができ、一部を区切る敷居を立てる事で視線を遮る事ができるようになっていた。

 女性と一緒に旅をすると、こういう仕組みは必須になる。


「うわ、右手がボロボロじゃない。なにしたのよ……」

「ちょっと、ヴァルチャーを馬車に繋ぎ止めた。後、突撃も受け止めた」

「無茶し過ぎよ……目を放しちゃった私達が言う事じゃないけど……ごめんなさいね?」

「いいよ。ブロブも結局倒さないと行けなかっただろうし。それにヴァルチャーも、冒険者がいたから襲ってこなかったわけだし」

「目を離さなければ、安全だったって事じゃない。ブロブの所まで一緒に行けばよかったのよ」

「それは、けっかろん」


 戦場に素人を同行させると何が起きるか分からない。

 あの時レオンが俺達を置いて先行した判断は、間違いではない。

 しいて言えば、一人を残しておくべきだったかもしれないという程度の問題だ。


「ああ、ニコル様の身体が痣だらけに……申し訳ありません、私が力不足だったばかりに」

「フィニアは充分やってくれてた。おかげでわたしも助かったんだから、あやまっちゃダメ」


 彼女が一羽を引き受けてくれたからこそ、俺は二羽で済んでいた。

 後一羽こちらに来ていたら、前線を支えきれなかったところだ。

 そもそも、フィニアは護身程度の体術しか心得が無いのにヴァルチャーと戦ったのだから、ここは褒めるべきなんだ。


「フィニアが一羽引き受けてくれたから、わたしは戦えたんだよ。ありがとう」

「そ、そんな……」


 感極まったように目を潤ませるフィニア。その長い耳が萎れた様に垂れるのを見ていると、少し面白い。

 俺はつい、その垂れ下がった耳に触れる。湿布を塗り、包帯でぐるぐる巻きになっている左腕で。

 フィニアはそんな俺の手を握り締め、いきなりとんでもない事を口にした。


「決めました! 私も戦う術を身に付けます!」

「ハァ!?」


 唐突に飛び出した、フィニアの宣言に、俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまったのだった。

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