第179話 校外学習

 元々、魔術学院は富裕層や貴族の子弟が多く通うため、資金は潤沢に存在する。

 だからと言って運営側が全てを懐に入れていては、これも問題視される。

 なので、校外学習と称して旅行に出かける機会を、多くもうけけていた。

 こうする事で、生徒達は見識を広め、儲け過ぎという非難を避ける事ができるらしい。


「予定されておった旅行ではないが、幸い学院の予算はまだまだ余裕がある。四年以降の上級生を各地に旅行に送るだけの余力はある」

「四年以降? 俺達の学年だけでいいじゃないか?」

「それだとお主の学年だけ贔屓する事になるじゃろ。旅行に連れ出すなら全員じゃ」

「なら低学年も連れて行ってやれよ」

「低学年はさすがに幼すぎてな。お主ほど物分かりの良い子は少ないんじゃ。それに親元から離れるのを嫌がる生徒もおる」


 各地の貴族が通う学院は、寮も設置されているほど、住み込みの生徒が多い。

 だがそれが全てという訳ではない。地元の貴族や富豪……マチスちゃんのような生徒も一定数存在する。

 そう言った生徒の中でも幼い連中は、親元を離れて旅行するのを怖がる者も多い。


 それに分別がつかない年齢では、旅行先で問題行動を起こさないとも限らない。

 旅に出るなら、ある程度自分を律する事ができる年齢にならねば、厄介事の方が多くなってしまう。


「なるほど。で、各地ってのは?」

「旅行先が全てアレクマール剣王国になってしまえば、彼の地に何かあると勘ぐる輩も出て来るじゃろ?」

「確かに飛び込みで発生した旅行で数学年まとめて剣王国に旅行ともなれば、何かあると考える連中も出て来るな」

「だから旅行先はいくつも変えておくのじゃ。最高学年はマタラ合従国、五年は北部三ヵ国連合という風にな」

「で、俺達は『偶然』アレクマール剣王国に旅行に行くと?」

「それならば、違和感を覚えられることはあるまい」


 複数の学年が、大陸の各地に旅行に出るのだから、その一つに俺が紛れていてもおかしく思われる事はない。

 しかし数百人を各地に送るとなると、莫大な額がかかるはずなんだが……


「金は大丈夫なのか?」

「むしろ余り過ぎて困っておるよ。ラウム魔術学院の名声は、ちょっとしたブランド価値にまで高まっておるからの」

「つまりまだまだ余裕がある、と?」

「あと二、三回は飛び込み旅行に放り出せるぞ」

「予想以上に大儲けしてんな、オイ!?」


 およそ三百人近い数を各地に送り込める資金がある事に、俺は驚いた。

 寄付金だけで、そこまで儲かるとは思えないのだが。


「景気のいい話だが、そこまで寄付金が集まるとかおかしくないか?」

「それなんじゃがのぅ。ほら、お主のおかげでもあるんじゃよ?」

「俺?」

「そうじゃ。ライエルとマリアの子。それが魔術学院に通っておる。これを機にお近付きになろうという貴族は多い。お主が入学してから、貴族連中の志願者が激増じゃ。おかげでウハウハじゃぞ?」

「俺を客寄せの珍獣扱いすんな」


 だがマクスウェルのいう事もわからなくはない。

 俺という存在は、この世界においてかなりの重要人物になる事は間違いない。


 ライエルとマリアは寿命により、これから衰えが見え始めると思われているが、実際のところは破戒神より譲り受けた薬のおかげで、あと数十年は現役でいられるだろう。

 マクスウェルも老齢とは言え、残る寿命は下手な人間より長い。

 コルティナとガドルスも、まだまだ先はある。

 そんな彼等に太いパイプを持つ俺は、まさに世界の重要人物になりうる存在。


 そんな俺とお近付きになっておこうと考える貴族が多いのも、当たり前だ。

 近い年頃の子息を持つ貴族なら、こぞって魔術学院に送り込もうとするだろう。

 幸いというか、レティーナが優秀な防波堤になってくれているので、俺の今の生活は脅かされてはいない。


「まあ、そんなわけでな。予想外に儲けは出ておる。それにお主の生活を守ってくれておるレティーナ嬢にも、恩返しをせんとなぁ」

「それがこの旅行か?」

「侯爵令嬢である彼女が社交界にデビューしてしまえば、そう簡単に旅に出る機会などあるまい。遊ぶなら今のうちじゃよ」

「ふむ……」


 忘れがちな事実だが、彼女も侯爵令嬢。卒業した後は社交界にデビューして、この国の貴族を相手にせねばならなくなる。

 今は放任主義の侯爵の教育方針のおかげで、俺と冒険者の真似事をできているが、それだって長い事ではない。

 彼女が羽を伸ばせるのも、今のうちだけだ。

 だからこそ、マクスウェルはできるだけ楽しめる旅行を提供したいと考えているのだろう。


「そうだな。それで……冒険者支援学園の方はどうするんだ?」


 具体的に言うと、ミシェルちゃんの扱いである。

 彼女だけ留守番というのも可哀想だ。


「それなんじゃがなぁ……あちらはあまり収益が出ておらんので、旅行費を出すのが難しいんじゃ」

「まあ……そうだろうな」


 魔術学院の収益は、俺という客寄せの副次効果に過ぎない。冒険者支援学園の方ではその効果は波及していないため、利益は増えていないだろう。

 それに冒険者支援学園というだけあって、冒険者を両親に持つ者も多く、そこからの寄付はあまり多くない。


「今回はミシェルちゃんは留守番という事になるか……」

「贔屓で連れ出す事はできるが、それは教育者としてはあまり良い事じゃないのでな」

「魔術学院の予算を回す事はできないのか?」

「混同はいかんよ。あちらはあちらの予算で運営しておるのじゃから」


 渋い顔で茶をすするマクスウェル。

 こういう訳で、俺とマクスウェルによるアレクマール剣王国への旅行が決まったのだった。

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