第178話 対応策

 翌日、俺はマクスウェルの理事長室に転がり込み、例によって書類仕事にいそしむ爺さんに縋りつくように助けを求めた。

 マクスウェルもそんな俺を放り出すわけには行かず、溜め息を吐いて対応してくれる。


「で、今度はなんじゃ?」

「いや、昨夜な……」


 俺は昨夜のコルティナの暴走について、多少大袈裟に説明する。

 ハウメアという『謎の女性』がレイドだと思い込んでいる事。いや、あながち間違いじゃないのだが……

 そこに到る推測の内容も含め、マクスウェルに包み隠さず話してみる。

 事情を聞いたマクスウェルは、力尽きたかのように机の上に突っ伏していた。

 そばにあったティーカップが倒れなかったのは、幸運と言えるほどの勢いで。


「呆れた連中じゃな……いや、さすがコルティナというべきか。姿を変えていて正解じゃったな」

「そうか? 余計に話がこじれているようにしか見えないんだが」

「まあ、結果的にレイドという存在をお主から引き離せたんじゃから、害はあるまいて」

「いや、確かにそうかもしれないが……いいのか?」

「ハウメアはすでにこの街におらんことになっておる。コルティナやエリオットがいくら後を追ったところで、発見される恐れはない」


 確かに当人である俺がここにいるのだから、幻の姿をいくら追ったところで辿り着く事はできない。

 だがその糸が途切れたわけではない。マクスウェルという発端が存在する限りは、彼女たちは諦めないだろう。


「その代わりにお前に詰め寄って来るんじゃないか? 言い逃れできるのか?」 

「む? 確かにそうじゃな……エリオットはともかくコルティナの追及は厳しいからのぅ」

「それにハウメアの姿は、街の人間にも目撃されているぞ。結構話題になってるかも」


 俺が街中を歩いていると、ハウメアと勘違いして声をかけてくる店の主人とか結構いるのだ。

 俺はあまりあの姿では街を出歩いていなかったのだが、買い物したりはしていた。それに襲撃時も、あの姿で街中を歩いている。

 声をかけてくる相手は体格の違いですぐに人違いと気付いていたのだが、それでもたった数日街中にいただけなのに、ここまで有名になるとは思わなかった。


「ふむ……そう言えば、エリオットにはプリシラ嬢ちゃんも付いておったの」

「ああ、いたな」

「それを含めれば、厄介なのはコルティナよりも、むしろエリオットかもしれぬ」

「なぜだ?」

「プリシラ嬢ちゃんは優秀な密偵だからじゃよ」


 俺から見れば結構未熟なあの少女だが、マクスウェルは結構高く買っているようだった。

 そう言えば、エリオットも彼女には気を使っている雰囲気があったな。


「あの嬢ちゃん、よく知っているのか?」

「ん? ああ、エリオットは妹のように彼女と接しておってなぁ。その縁でワシも結構目をかけておったのじゃ」

「まだまだ甘いと思うが……」

「お主基準で考えるでない。あれはあれで、年齢のわりにはかなり優秀な部類じゃぞ」


 確かにエリオット救出に関しては、勲章物の機転を利かせたと言える。だがそれならそれで、誘拐されるような状況を作るなと言いたい。

 その辺がまだ甘いと俺は思うのだが……まあ、あの時はエリオットのわがままで動いたわけだし、責任を問うのも酷な話か。


「それはそうと、お主の騒動の処理じゃなぁ。こればっかりは上から押さえつけても、どうにもならん」

「エリオットがプリシラを使って調査してくる可能性があるって事か」


 密偵相手となると、俺も気が抜けない。ましてや相手はマクスウェルが推す俊英。

 できる限り早急に対処したい。


「そうじゃな、対応策は四つあるかの」

「お、四つもあるのか! どんな手だ?」


 まさか複数の解決策が提示されるとは思っていなかったので、俺は乗り出すようにマクスウェルに詰め寄った。

 そんな俺に、ニヤリと黒い笑みを寄こし、指を一本立てるマクスウェル。


「一つ。実際に姿を消せばよい」

「それは俺にこの街を出ろと?」


 確かに追っているのが俺なわけだから、この街から姿を消せば、少なくともコルティナの追及は逃れられる。

 それにプリシラもエリオットの護衛が本職なのだから、この街を離れるわけには行かない。街を出れば、その追及の手は確実に途絶えると見ていい。

 しかしそれをすると、俺の魔法の勉強が止まってしまう。俺の最終目的は、あくまで男に戻る事だ。


「却下だ、却下! 魔法修業が途絶えるのは看過できん」

「では二つ目。注目をより注目される存在へずらす。つまりもっと美人を作って、エリオットの目をそっちに注目させればよいのじゃ」

「その美人はどこから調達するんだ?」

「お主が幻覚で作るしかないわな」

「大却下だ、バカ野郎!」


 美人と話題になっている俺から目を逸らすために、より美人を作るという事は、矛先が逸れるだけでまったく意味はない。

 逸れた先が別人ならともかく、どっちも俺では全く状況が変わらない。

 何度も繰り返せば、カラクリがばれる可能性だって高まる。


「では三つ目。これは二つ目の発展形じゃな。大きなイベントを起こして興味の的を逸らすのじゃ」

「具体的に言うと?」

「祭を主催するのじゃな。幸い魔術学院はこの街でも注目度は高い。そこでイベントを起こせば、お祭り騒ぎになって、教員のコルティナもエリオットも忙しくなる」

「悪くないな……どんな祭をやればいい?」

「市民受けする武闘大会なんてどうじゃろ?」

「俺が優勝するに決まってるだるぉ!?」


 魔術学院に入学する生徒はエリートとは言え、しょせん子供である。熟練の技を持つ俺の敵ではない。

 ブッチギリで優勝してしまったら、下手をすれば俺の正体にまで辿り着く者も出るかもしれない。

 わざと下手な振りをする手もあるが、熟練者の体捌きというのは、素人とは圧倒的にモノが違う。足運びの一つとっても、見る者が見ればわかる。

 わざと弱い振りをしていれば、逆に怪しまれてしまう可能性が高い。


「なら四つ目しかないな。しばらくほとぼりを覚ます」

「……結局、それしかないか」


 一時的な狂乱ならば、時間をおけば冷静になって目も覚めるはず。

 その案は実に的確ではあるが、いくつかの問題もある。


「問題はどれくらいの期間、どこへ身を隠すか、だな」

「ふむ……レイド、お主確か手甲ガントレットを壊しておったな?」

「ああ、あれも修理に向かわないといけないんだが――」


 だがあの手甲はアレクマール剣王国に隠れ住む、腕利きの鍛冶師が作った一品物。おいそれと手を出せる品ではない。

 下手な鍛冶師が手を出せば、再生不能な障害を受ける可能性もある。

 現に左の手甲はすでにぐしゃぐしゃに壊れている。その砕けた手甲が緩衝材となってくれたおかげで、俺の左腕は無事だったとも言えるのだが。


「アレを治すには、作った鍛冶師の元に行かないとな」

「それはどこじゃ?」

「む?」


 いくら仲間とは言え、口外できない問題もある。

 特に超が付くほどの腕利き鍛冶師の存在に、俺の武器を作った人物となれば、命を狙われる可能性もある。

 だからこそ、俺も鍛冶師も、お互いに口外無用という契約でこの手甲を作ってもらったのだ。


「できるならば話したくないんだけど」

「別にワシは構わんが……その鍛冶師の居場所は今のお主が行ける場所なのか?」

「……まず不可能だな」


 アレクマール剣王国は、大陸南東部に位置する都市国家群の一つだ。

 元々は南方全域を支配していた都市国家群が三つに分かれ、その時に独立した地域でもある。

 それ故に南方三国は互いに睨みを利かせあっており、少々不穏な雰囲気が漂っている。

 

 何より距離の問題もある。

 ラウム森王国からアレクマール剣王国までは、徒歩でおよそ一か月はかかる距離がある。

 俺の足ではさらに倍はかかるだろう。その期間家を空けるわけには行かない。さすがにコルティナに心配をかけてしまう。


「まあ、お前なら信頼してるから言うが、こいつを作ったのはアレクマール剣王国にいてな。南方三国は今、不穏な空気が漂っている。俺一人でそこに向かえば、なにか問題も起きかねない」


 コルティナの養い子でもある俺は、悪党から見れば『商品価値の高い子供』に見えるだろう。

 そういう問題はできるだけ避けておきたい。


「剣王国か……ふむ、ではこうしよう。校外学習の行き先に選んでしまえばよい」

「はぁ?」


 マクスウェルの提案に、俺は呆れた声を返すしかなかったのだった。

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