第180話 暗躍する者

 とりあえずマクスウェルと、今後の予定を取り決めた後は、先日の事件について話し合う事になった。

 まずは捕らえられたタルカシール伯爵の、その後について尋ねる。


「そういやあのクソ貴族はどうなった?」

「それなんじゃがのぅ……」


 珍しくマクスウェルが言い難そうに口篭もる。

 それもそのはずで、タルカシール伯爵は捕縛されたその日の晩に、何者かによって暗殺されたのだそうだ。


「警備は万全なはずじゃった。魔術的な監視網を構築しておいたわけではないが、衛兵達が厳重に見張っておったはずなのじゃ」

「それなのに、なぜ殺された? 何時? 犯人は?」


 マクスウェルに矢継ぎ早に問い詰める。どうやら昨夜の宵の口、監視の交代の隙を突かれて殺害されたらしい。

 警備に人員は割いていただけに、刺客はよほどの腕前と見える。


「今の状況で、一番怪しいのは……お主じゃな」

「なんでそうなる!?」

「動機は無視して、『監視を掻い潜れる者』と想定した場合、真っ先にお主が思い浮かんだだけじゃよ」

「俺に動機はないだろ。それにその時間はフィニアと一緒に風呂に入っていた」

「ほぅ? 相変わらず仲良くやっているようで何よりじゃな。で、感触は?」

「聞くな!?」


 不味い。いや、フィニア達と風呂に入っているのは、マクスウェルも知っている事ではあるのだが。

 フィニアは大きくはないが、実に柔らか……いや、なんでもない。

 とにかく話を戻す。このままでは際限なく話が脱線するから。


「そもそも捕らえたのは俺だぞ。殺す気なら、あの時にさっさとやっている」

「そうじゃな。つまり犯人の目星は全く付いておらん」

「なんだよ、頼りねぇな」


 俺はマクスウェルの、珍しい失態に吐き捨て、理事長室を荒らし始めた。

 いつもの事なので、マクスウェルも咎めるような真似はしない。俺の探索は荒らした後もきちんと片付けるので、掃除の必要はないからだ。

 むしろ、大雑把なこの爺さんの部屋が逆に片付くくらいである。


 書棚の分厚い百科事典の裏に、珍しいビスケットを発見。ゴマを練り込んで香ばしく焼き上げた、街の有名店の品だ。

 この爺さんは、まるでリスが冬備えをするかのように、食い物を隠し持つ性癖がある。

 これは貴族だった時代、毒見をした物しか口にできなかったので、美味いものを確保しておく癖がついたせいだと言っていた。

 もっとも視線を逸らせて言っていたので、怪しいところではある。


「こういうのを独り占めすんなよ」

「勝手に荒らしておいて何を言うか。まったく……」


 持ち込んだ弁当を理事長室の机に広げ、その脇にデザートとしてビスケットを完備。

 そんな俺にお茶を振舞いながら、マクスウェルは続けた。


「交代の隙で、多少監視の目が緩んだのは否定できん。ワシはエリオットとプリシラに付きっきりじゃったし、牢獄の警備についていた者も、ワシらと比べるのは酷というモノじゃ」

「そりゃ……なぁ」


 唐突に警備体制が変わったため、逆に隙ができるという事は、よくある。

 しかしそれを補えるほどの人数が動員されてなお、監視網を掻い潜られている。

 それをこなせる者の心当たりを考え、真っ先に俺を思い浮かべるのは、マクスウェルならば仕方ない。

 俺が現役の時代、敵やモンスターの目を堂々と掻い潜る場面を、何度も目にしているのだから。


「つまり俺並の隠密能力を持つ誰かってことか」

「数はかなり限られそうじゃな。今裏社会に詳しい連中から情報を集めている所じゃ。一般人としては精一杯の警備だったと、ワシは判断しておるよ。むしろ、手早く暗殺者を送り込んだ相手の方が一枚上手だったという事かも知れん」

「ってことは、逃げた仮面の男の正体も……?」

「わからずじまいじゃなぁ」


 タルカシールが捕縛されたその日のうちに刺客を送り込んできている所から見て、子飼いの暗殺者の可能性もある。

 そう言ったネットワークを持つには、結構な時間がかかるはずだ。


「なら、仮面の男はこの街に詳しい奴って事になるな」

「そうじゃな。それと貴族。タルカシールの奴は権威主義の塊じゃ。自身に近付く平民など許すはずがない」

「この街にある程度住んでいて、そこそこの位を持つ貴族か。しかし、それだけじゃ到底絞り切れない」

「まあ、少しずつ包囲網を絞っていってやるわい。逃がしはせんて」

「そう願うね」


 肩を竦めて見せるマクスウェル。結局、仮面の男には見事に逃げ切られたようだった。

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