第562話 フィーナの冒険 2

 ライエルが守護するこの開拓村は、村人たちの居住地の他にもいくつかの農地や水源も柵で囲むことで、多少の籠城なども可能なように作ってある。 

 これはモンスターの群れがいつ襲ってくるかわからない北部独特の、実用的な村の構成だった。

 国の治安がまだ全土に行き渡らないため、辺境などでは村単位で身を守る必要がある。

 村を守る柵は、そのために設置されたと言っても過言ではない。


「でも、たまにこわれちゃうことがあるでしょ? そこをにこねーたんが抜け出して、こぼるどをやーってやっつけちゃったの」

「えー、俺はライエル様がやっつけたって聞いたぜ?」

「俺のにーちゃんが、その時一緒にいたって言ってたよ」

「ふぃー、うそついてないもん!」


 頬を膨らませてぶんぶんと手を振るフィーナ。その手の先には、護衛として付いてきたカーバンクルの髪が掴まれていた。

 毛が抜けないように手に合わせて首を振るカーバンクルだったが、その努力も実らずブチリと数本の毛を毟られてしまう。

 それを悲しそうに見つめながらも、なにもいわないところが、カーバンクルの成長の証なのかもしれない。


「それよりも今日は市が立ってるんだ。フィーナちゃんも見に行こうよ」

「いち?」

「うん。村の外から商人が来て、商品を広げてみんなに売ってるんだって。珍しいものもいっぱいあるんだよ」

「それ、たのしそう! でもわたし、おかねないよ?」


 商品の売買にはお金がいる。その程度の知識は、彼女も持ち合わせていた。

 いまだ三歳のフィーナは、お小遣いを持ってはいなかった。

 ションボリと肩を落とすフィーナの服のすそを、カーバンクルが咥えて引っ張る。


「きゅ、きゅ」

「んー、なにカッちゃん? あ、これお金?」


 カーバンクルはなぜか首から小さな鞄を下げており、そこから小銭を取り出していた。

 この鞄はカーバンクルが物品引き寄せアポーツの魔法で取り寄せたモノで、そこには彼のなけなしのお小遣いが入っていた。

 それをフィーナのために使おうというのだ。


「わー、ありがとうカッちゃん! だいすき!」

「きゅ~」


 全身で抱きついてくるフィーナを、相好を崩して受け止めるカーバンクル。

 彼も言うなれば、フィーナのファンの一人だった。


「みんなはお小遣いあるの?」

「俺、毎月小遣い貰ってるし」

「俺は今日は市があるから特別って言ってもらってきた」

「僕も」


 子供たちがこぞって手に握っていた銀貨を見せつけてくる。それぞれ二、三枚程度で、ちょっとした外食ができる程度の額だ。

 しかし子供たちにとっては、これだけでも充分大金だった。


「すごーい、カッちゃんも持ってる?」

「きゅ!」


 カーバンクルの持つ小遣いは少年たちよりも遥かに多い。しかしそれを見せることはなく、まるで先導するかのように子供たちの先に進み出た。

 フィーナはそのフサフサの尻尾を掴んで、後をついていく。

 市は村の中央付近に作られた広場で行われており、先日村にやってきたばかりの商人が馬車から降ろしたばかりの商品を並べて、それを村人が興味深そうに覗き込んでいた。


「わー、屋根のないお店だぁ!」

「お、こいつは驚いた。可愛らしいお嬢さんだね?」

「えへへぇ」


 露店というモノを始めてみたフィーナは、地面に布を引いて、そこに商品を並べただけの露店に、感動の声を上げる。

 商人もフィーナの、都会でもちょっと見かけないほど豪奢な金髪や整った容貌に、気さくに声をかけていた。

 露店は広場の中に五つほど設置されており、商人が複数の馬車を引き連れてこの村にやってきたことを示していた。

 一人でこれほどの量を運ぶことは難しい。つまりこの商人は、複数の使用人を引き連れて村まで来れる資金力があるという証拠だ。


「フィーナちゃんはマリア様の娘なんだよ!」

「マリア様、というと、ひょっとして六英雄の?」

「うん!」


 友達の容姿を誉められたことが嬉しかったのか、子供たちが商人に彼女の出自を説明していた。

 商人も、この村にライエルとマリアがいることは知っていたので、さほど驚きはしなかった。

 辺鄙な村なら、露店を出せば顔を出すこともあるだろうと、想定していたからだ。だからと言って愛想を忘れるほど、彼は素直ではない。


「そりゃあ凄い。ならちょっと見ていかないか? サービスするよ」


 子供相手に商売が成り立つとは、彼もあまり思っていない。

 ちょっとした小物が売れればいいかという、軽い気持ちから出た言葉だ。

 それを聞いて、フィーナも喜んで露店の商品を覗き込んだ。


「お嬢ちゃんなら、こんなアクセサリーはどうだい。くずガラスを繋いだ首飾りで、値段も高くないぜ」


 そう言って彼が取り出したネックレスには、三つほどのガラス飾りがついていた。設定してある値段も銅貨十枚程度と凄まじく安い。

 これはガラス工房のゴミをかき集めて作ったもので、元手的にはほとんどタダに近い商品だった。子供相手にはちょうどいい品である。


「うわぁ、きれい!」

「そうだろうとも。ガラスはラウムの有名ガラス店から取り寄せたモノだから、品質自体は悪くない。もっとも、その店じゃこれは廃棄処分されるところだったんだけどな」

「じゃあおじさんが、ガラスさんをたすけたんだ?」

「へ? ああ、そうともとれるな! こりゃまいった」


 ガラスを助けるという発想が、商人にはなかった。そんな純粋な視線を向けられ、頭を掻くしかない。

 こんな子供を相手に利益を得ようとは、思えなくなってしまったのだ。


「いや、本当に参った。ならこの子で儲けるのは難しくなっちまったな?」

「んぅ?」

「どうだい? この子は銅貨五枚で売ってやろう。もっとも、工賃くらいはもらわないと、さすがに怒られちまう」

「いーの!?」

「いいとも」


 一気に半額まで下げて、原価ギリギリの価格でフィーナに首飾りを売りつける商人。

 カーバンクルがその料金を商人に渡して、商人が首飾りを恭しくフィーナにかけてやる。

 それを嬉しそうに受け入れて、フィーナは満面の笑みを浮かべていた。


 そんなフィーナを、人ごみの向こうから見つめる者が存在していたのだった。

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