第563話 フィーナの冒険 3

 唐突にフィーナは目を覚ました。

 頭上には粗末な木製の屋根が直接見え、床に手足を縛られた状態で転がされている。

 慌てて周囲を見回すと、そばには口までグルグル巻きにされたカーバンクルの姿もあった。

 どこかユーモラスなその格好に、フィーナは状況も忘れて笑いかけてしまう。

 しかしのんびりと笑っている場合ではない。このような粗末な部屋は、自分の知識には存在しない。

 つまり、ここは自分の家ではない。

 そもそも自分は、村で市を見物していたはずだ。その記憶が、途中からぶっつりと途切れている。


「ここ、どこぉ?」

「くぅぅぅぅ!」


 フィーナの声に反応して、カーバンクルはもぞもぞと動く。どうやら生きているとわかって、彼女はひとまず安心した。

 口元までしっかりと縛られているため、鳴き声を上げることもできないようだ。

 そんな二人の気配を察したのか、部屋のドアが静かに開く。


「嬢ちゃん、目を覚ましたか?」

「おじさん、だれ?」


 部屋に入ってきたのは見覚えのない男が三人。それも皆半魔人だった。

 それぞれ水や食事などを手に持っている。

 いずれもフィーナの記憶にはない顔だった。

 男たちは彼女のそばまで歩み寄って来ると、腰を下ろしてその口元に水を運んでくれる。


「すまないな。俺たちはもう、こうするしかなかったんだ」

「暴れなければ、痛いことはしないから。頼むから大人しくしてくれよ」

「大丈夫だよ。話が済めばすぐ帰してあげるから」


 口々にいいつつ、フィーナにパンや粥を食べさせる。その間も手足の拘束を解きはしない。

 そのことに不満を感じ、フィーナは珍しく怒った表情を浮かべていた。


「おじさん、どうしてこんなことするの? ほどいてよ」

「それはできない。少なくともマリアの協力を得るまではな」

「ママの?」

「ああ。あいつの治癒魔法がなければ、ユナは……俺の娘は……」

「こいつだけじゃない。俺の母ちゃんも危険なんだ」


 苦渋の表情を浮かべる男たちに、フィーナは怪訝な顔を返す。

 幼い彼女からしてみれば、大人たちがこれほど苦しそうな顔をするのは、初めて見る経験である。

 だからこそ、彼女は力になってあげたいという想いがこみ上げてきた。


「おじさん、くるしいの? わたしおくすりつくれるよ?」

「いや、苦しいのは俺じゃなくて娘なんだよ。それも特殊な薬が無ければ、長く持たなくてな」

「今まではクファルさんが薬を提供してくれていたんだが……いや、子供に話す話じゃないな」

「ちからになれるかもしれないから、じじょーをはなして?」


 歳に見合わぬしっかりしたフィーナの物言いに、男たちは顔を見合わせる。

 どうした物か判断に迷った挙句、席を外すことにした。


「済まないが、どこまで話していいのか判断がつかん。少し時間をくれ」


 男たちは立ち上がり、フィーナの返事を待たずに部屋を出ていった。

 それを見て、フィーナは不満そうな顔をする。


「せめてもうすこし、お水のませてほしかったなー」


 パンや粥、水の残りは彼女のそばに置かれていたが、手足は縛られたままである。

 この状態では、食事することなど、到底できなかった。



  ◇◆◇◆◇



 男たちは村外れにある朽ちかけた小屋の中で、車座になって座る。

 この小屋にはテーブルや椅子といった、気の利いたものは存在しない。


「あの嬢ちゃんの言葉、どう思う?」

「いくらライエルとマリアの娘といっても、ユナの難病を治せる薬を作れるとは思えん」

「だが、万が一の可能性が……トロイ、あの病は俺の母ちゃんも同じなんだぞ」


 わずかな望みがあるのならすがりたい。男の一人は、言外にそう言っていた。


「半魔人の俺たちじゃ、ユナもお前の母ちゃんも、ろくな治療を受けさせてもらえないからな」

「クファルさんの薬の詳細がわかってれば、打つ手もあったかもしれないけど」


 男たちはそれぞれ、身内に特殊な病人を抱えていた。

 トロイと呼ばれた男は娘のユナが。ジョーンズは母親のベロニカが。もう一人のゼルは恋人のティシアが病気になっていた。

 実はこれらの病人はクファルによって作り出されたのだが、それは彼らの知るところではない。そしてその治療薬も、クファルの手製。つまり自作自演である。

 そんなことはつゆ知らず、彼らは病人たちを癒すために、クファルに協力していた。


 そのクファルがベリトに向かって行方をくらませてしまった。結果として彼らは、病人だけを抱えて放り出された形になっていた。

 半魔人たちで構成された組織はすでに壊滅状態に近く、病人を抱えていて積極的に参加していなかった彼らだからこそ、エリオットの捕縛の手を逃れていた。


「しかし、あのマリアの娘だ。ひょっとしたら治療薬の知識もあるのかもしれない」

「無茶を言うな。まだ三歳の子供だぞ?」

「そりゃそうなんだが……俺たちにはもう後がない。クファルさんに協力した以上、ただでさえ治療を渋られる半魔人の関係者なのに、さらに後ろ暗くなっちまった」

「だけど、そうしなきゃティシアは助からなかった」

「ああ、そうだよな……」


 自身が半魔人だから、半魔人の娘、母、恋人とさげすまれ、ろくな治療を受けさせてもらえなかった。

 そんな彼らに手を差し伸べた(と信じていた)クファルはもういない。

 縋る者を失った彼らは、やけくそ気味にフィーナ誘拐を企てた。聖女と呼ばれるマリアなら、大事な人を救えると信じて。

 もちろんクファルに手を貸していた彼らが、マリアの協力を仰げるとは思えない。

 八方塞がりになった彼らは行き場を無くし、ついにこの凶行に至ったのだった。



  ◇◆◇◆◇

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