第561話 フィーナの冒険 1

  ◇◆◇◆◇



 フィーナの朝は早い。子供特有の寝付きの良さで前日からしっかりと睡眠をとり、朝は日の出と同時に目を覚ます。

 同じ頃、マリアも目を覚まして一緒に顔を洗ってから、朝食の準備に取り掛かる。

 フィーナもこれを手伝い、同時に今は家にいない姉の話をマリアから聞いて、その雄姿に想像の翼をめぐらせていた。


「ニコルもフィーナみたいに、よくお手伝いしてくれたのよ?」

「にこねーたんも? じゃあ、ふぃーはエライ?」

「もちろん。ちゃんとお手伝いしてくれるいい子」

「やったぁ!」


 フィーナの中ではニコルは尊敬すべき姉であり、冒険者として各地の『困っている人』を助けて回る英雄でもあった。

 その彼女と同じように、母の手伝いをすることを、とても誇らしく感じている。

 マリアは、鼻息荒くパン種を捏ねるフィーナを見て、ニコルの幼い時を思い出し、クスクスと含み笑いを漏らしていた。


 ニコルがこの家を出て早八年。

 頻繁に顔を出してくれてはいるが、やはり一緒に住んでいないというのは寂しく感じている。

 そんな寂しさを吹き飛ばしてくれるフィーナと、騒々しいコルティナの存在は、彼女にとってすでになくてはならない存在と化していた。


「ティナも、こっちに住んでくれればいいのに」

「てぃなもいっしょ? ふぃーはさんせー!」

「そうね。もう一度説得してみるわね」


 フィーナは人見知りする性格だが、反対に懐くのも早い。

 すでに二か月以上一緒に暮らしているコルティナとは、まるで姉妹のように仲が良くなっていた。

 コルティナも、ニコルの幼い時を思い出すのか、フィーナのことはよく構っている。

 その姿に、レイドが死んだ後に纏っていた影は見受けられない。

 良くも悪くも、ニコルやフィーナが彼女の心を晴らす役に立っていたのだろう。

 そしてレイドも、めでたく転生を果たし、戻ってきてくれた。


「ホント、恵まれてるわね、私」

「ん~?」


 かつての仲間が戻ってきて、親友の心も晴れた。そして子供ができて、こうして朝食の用意を一緒にしている。

 長女のニコルに男っ気が無いのが少々気がかりではあるが、それはどこか子供っぽさを残す性格ゆえのことと考えていた。

 これはいずれ、時間が解決してくれる問題になるだろう。


「おふぁよぉ。二人ともいつも早いわね」

「おはようティナ。すぐご飯の用意するから、顔洗ってらっしゃい」

「へぃへぃ。あんたは私のオカンですか」

「私はフィーナの母よ」


 寝起きのためか、ややフラフラした足取りでコルティナは屋敷の裏手にある洗面所に向かっていく。

 この屋敷は井戸から直接水を引き、上水道に利用しているため、屋敷内でも顔を洗うことができる。

 コルティナのこの姿も、二か月の間で散々見慣れてきたモノだった。

 やがて通いの家政婦がやってきて、朝食の配膳を手伝い始めたころ、ライエルが起き出してくる。

 全員が揃ったところで、朝食を皆で食べる。家政婦だけは配膳の仕事があるので時間をずらしてもらっているが、家族揃っての食事はマリアの意向により、ニコルがいたころから続く慣習だった。


「そういえばあの白い子、あれから姿を見せないな」

「破戒神を名乗る子ね。正直本当かどうか怪しいと思っていたのだけど、ニコルを治した手際を考えると本当なのかもしれないわね」

「マリアとしては、微妙な気分だろう?」


 世界樹教の司祭位を持つマリアとしては、破戒神と言えば不倶戴天の敵だ。

 しかし最初の頃は子供の戯言と取って本気にしてはおらず、ニコルを治してからはただ者ではないと考えながらも、恩人として無下に扱うこともできなくなっていた。


「フィーナの薬学の教育も途中なんだろう?」

「一応、教科書らしき書物をいくつか預かっているから、私がそれを読み聞かせているわ」

「ティナは理解できるの?」

「半分ちんぷんかんぷんってところよ。むしろフィーナの方が把握してるかもしれないわ。さすがギフト持ちね」


 コルティナが預かった書物には、薬草についての様々な知識が記載されていた。難解な語句も多いため、コルティナが読み聞かせることで、フィーナの授業の代わりとしている。

 語彙の知識が浅いのでフィーナ単独で読むことは難しい書物だったが、コルティナが噛み砕いて説明することで、フィーナはその内容を把握していっていた。

 フィーナはその説明を聞いて薬草の知識を豊富に蓄え、その知識レベルは読み聞かせているコルティナを超えるほど、高度な知識を身に着けていた。


「とはいえ教師がいないと、生半可な知識になってしまいがちだからな。俺たちでは手を出せない領域だから、早く戻ってきて欲しいものだ」

「そうね。薬ばかりは実際に調合したりしないと……」


 コルティナがライエルの言葉に首肯し、同意を示したところで、屋敷の外から子供たちの声が聞こえてきた。


「フィーナちゃーん、あーそーぼー!」

「あ、はーい!」


 返事をしたものの、フィーナはちらりとマリアの方を覗き見る。

 この村にフィーナと同い年の子供はいないが、近い年齢の友達はいる。

 仕事の手伝いをするには若すぎるため、この時間は子供同士で遊ぶことが多かった。

 フィーナはギフトの都合上、特殊な教育を受けているため、自分が遊んでいい時間かどうか、マリアの裁可を必要としていた。


「いいわよ。フィーナはまだ子供なんだから、もっと遊んでもいいのに」

「でも、おくすりのおべんきょーも楽しいし」


 薬学のギフトがあるだけに、フィーナはメキメキと薬師としての実力を上げている。

 自分が成長できているという実感を得るのは、子供も大人も変わらず、楽しいものだった。

 むしろ成長力の高い子供の方が、その喜びは大きいとも言える。

 フィーナはその真っ最中であるため、友達と遊ぶことと薬学の勉強を両立させるのに苦心していた。


「むしろ遊びに行って。私の方が先に参っちゃうから」

「てぃなもおべんきょーしようよ?」

「本職じゃない勉強に付き合わされる身にもなってよ。今日は私がお休みだから、薬学は無し! ね?」

「むー……じゃあ、わたしもあそんでくるもん!」

「そうして、そうして」


 ぐでっと行儀悪くテーブルに突っ伏すコルティナに、膨れっ面で返事してから、フィーナは玄関に飛び出していく。


「フィーナ、くれぐれも村から出ちゃダメだぞ? ニコルみたいに怪獣に襲われちゃうからな」

「はぁい!」


 過去にニコルが村の子供と一緒に抜け出し、コボルドに襲われた話はフィーナも聞いている。

 だから彼女は、子供だけで村を出たことは一度もなかった。

 それでも悪戯が好きな子供である、ライエルは彼女が出掛けるたびに、そう声をかけていたのだった。

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