第194話 疲弊

「その芋虫では小さすぎる。糸の強度が保てない」

「そいつは栄養状態がよくなさそうだ」

「残念。そいつはヒュージクロウラーではなく、ポイズンクロウラーだったな」


 アストのつける注文は、次第に厳しくなっていき、ついに対ヒュージクロウラー戦は十戦目に突入する事になった。

 一応戦えるとはいえ、鍛冶師のアストを前線に出すのも気が引けるので、俺が率先して前に出ているのだが、正直言ってかなり疲れた。


「あのぅ、申し訳ないんじゃが、こやつは持久力に問題があって、休ませてやりたいのですが?」

「ん? ああ、そうだな。おそらくはそうだと思っていた」

「おそらくとは?」


 どうも俺の貧弱さを見抜いていたような口振りをするアストに、俺は質問を返していた。

 しかし考えてみれば、俺の身体はまだ十歳。持久力があろうはずがない。


「それは――」

「ああいや、いい。そりゃそうだ、見ればわかるよな。どうも想像以上に疲れが溜まっているようだ」

「お主の場合、昼にたらふく寝とったじゃろうに」

「気絶は睡眠とは違う!」


 暢気な意見を返すマクスウェルに俺は怒鳴り返した。疲労のせいで少し不機嫌になっているかもしれない。

 そんな俺を見て、アストは休息を受諾する。


「そうだな。まだ子供を夜中に連れ出して、ここまでの労働をさせているんだ。嫁にバレたらドヤされる」

「ブッ!? おいアンタ、結婚してたのか?」

「俺も結構な歳だぞ。結婚の一つや二つ、経験があるとも」

「見かけじゃ判断できないんだよ、あんたは……」


 中年とも青年とも言える若々しさを持つアストに、俺は心底からぼやいた。

 こいつと言い、マリアと言い、若作りな奴が周りに多すぎる。


「スマン、見栄を張った。実は結婚は一度しかしたことが無いんだ」

「そこはどうでもいいし」


 俺が一刀両断に切り捨てると、心なしかしょんぼりした表情で、迷宮の通路の隅でシートを広げ始める。

 どこにそんなものを用意していたのかと聞きたくなるくらい、用意がいい。

 さらに水袋に入った水まで提供してくれるのだから、ありがたい。


「あ、レモン?」

「うむ。皮を一欠け入れておくと、酸味が出て疲れが取れるだろう」

「しかもこの水、まるで身体に染み入るように美味いですなぁ!」

「その水はこの世界樹の根から汲み出した、いわば世界樹の樹液だ。疲労回復の効果は折り紙付きだぞ」

「ぶはっ! どっからそんな貴重品を取り出してきた!?」


 世界樹の根の樹液とか、その手のマニアに売ったらいくらでも出しかねない。

 特に世界樹教徒として信仰に篤いマリアとか、ホイホイ金を出しそうだ。危険極まりない。

 だが現実として、疲れが取れるのは事実であり、その内容こそが重要だった。


「ああ、昔ここに挑んだことがあってな」

「道理で……冒険者をやってたのか。あの攻撃力も納得だよ。それはそうとマクスウェル?」

「なんじゃ?」

「お前、なんでアストにだけは丁寧に話すんだ?」


 俺の質問に、マクスウェルは眉間にしわを寄せて、溜め息を吐いた。

 呆れたような声で、その理由を説明してくれる。


「レイド、お主も一流の暗殺者ならば、相手の力量を見抜く大切さは理解しておるじゃろ?」

「そりゃ当然だな」

「ワシら魔術師も同じじゃ。相手の力量を見抜く事は生死に直結する。アスト殿は……おそらくはワシと同格かそれ以上の魔術師じゃ」

「へ?」


 こいつが魔術師? 確かにこいつは魔道具を製造していたが……あのゲンコツの破壊力があるのに?

 あの破壊力は下手をすればライエルにだって迫りかねない。そんな人物がマクスウェル並の術者とか、何の冗談だ。


「ええっと、ナイスジョーク?」

「冗談ではないわぃ」

「マジでか」

「マジじゃ」


 俺はぐるりと首を向け、アストに確認を取る。

 だが彼は、素知らぬ顔で水を飲み干していた。ある意味マクスウェル以上に飄々としてやがる。


「それでは二十分交代で休みを取ろう。最初は私、次はマクスウェル。頼めるか?」

「俺は?」

「レイド、お前が一番消耗しているだろう? 四十分フルに休んでおけ」

「くっ、否定できないのが情けないな」

「人には向き不向きがある。今のお前は長期戦に向くまい。休める時に休んでおくのも冒険者の資質の一つだ」

「ここじゃ、あんたの方が経験豊富だからな。悪いが有り難く休ませてもらうよ」


 この世界樹の中の迷宮は、冒険者の最終目標とも言われている最難所だ。そこの経験が豊富だと主張するアストの言葉に歯向かうほど、俺は愚かじゃない。

 その場に応じた行動を要求されるならば、経験者の言葉は大事にしなければならない。

 俺は羽織っていたマントを引っ被り、シートの上に身を横たえた。




 次に目を覚ました時は、すでにマクスウェルの見張りが終わろうかという時間だった。


「あれ、いつの間に……」

「寝付きがいいところは、さすがお子様というところじゃの」

「うっせぇ」


 照れ隠しに羽織っていたマントをマクスウェルに投げつける。だが身体に巻き付いていたそれは、勢い良くとはいかなかった。

 ふわりと宙を舞い、寝ていたアストにかぶさる。


「む……」

「あ、悪い。起こしちまったか?」


 そのマントに反応して、アストは目を覚ましていた。想像以上に眠りの浅い奴だ。

 いや、ここに挑めるほどの腕利き冒険者だったのなら、当然の話かもしれない。


「いや、丁度いい時間に起こしてくれた。それではさっそく――」


 ゆるりと身を起こすアスト。すぐさま意識を覚醒させ、行動に移るところもさすがだ。

 しかしその言葉を遮るように、迷宮内に奇声が響き渡った。


「キシャアアアアアアァァァァァアアアアァァァァ!」


 長く、余韻を残すような軋むような声。

 それが迷宮の通路を満たし、響き渡る。


「なんだ!?」

「ヒュージクロウラーと同じ鳴き声のようだが……どうも切羽詰まった印象を受けるな」

「というと、何かに襲われているかもしれぬなぁ」


 アストが分析し、さらにマクスウェルが追随する。

 ヒュージクロウラーは迷宮のこの階層においては、それほど強い存在ではない。

 迷宮内でモンスター同士が争い、その結果餌食になるのは彼等の方だ。


「せっかく捕獲しに来たのに、他のモンスターに襲われるとか冗談じゃないぞ」

「そうだな。今のところいいサイズの獲物が見つかっていないが、この声の主がそうでないとも限らん」

「なら早速助けに行くとするかの」


 自分たちが襲われているわけではないので、俺たちの緊張感は薄い。

 しかも助けに行く対象がモンスターなので、切羽詰まった状況でもなかった。

 なのでどこか緩んだ空気のまま、俺たちは声の発生源に向かって駆けだしたのだった。

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