第195話 殲滅戦

 洞窟の奥では、小振りなヒュージクロウラーが黒い霧のような存在に襲われていた。

 その霧は小振りとは言え巨大な芋虫にまとわりつき、執拗に攻撃らしき行動を取っている。

 その度にヒュージクロウラーは身体を蠢かせ、体皮がこすれ合って軋むような、鳴き声のような音を立てている。


「あれはガストホーネットの群れだな」

「ガストにホーネット? 妙な組み合わせだな」


 ガストとはこの世界に存在するアンデッドの一種で、霧状の身体を持つのが特徴だ。

 物理的な攻撃が聞かないので、俺も苦労した経験がある。

 魔力を込めた武器なら余裕で対処できるので、強化付与魔術が使える今の俺なら楽勝だろう。

 ホーネットはその名の通り、蜂を意味する。

 ただしこの場合、モンスターとしての蜂であり、その大きさは十センチから一メートルにまで及び、種類も様々だ。

 無論、通常の十倍から百倍にも及ぶ巨大蜂に刺されたら、命に関わる。

 今回、その二つの組み合わせというのが、いまいちピンとこない。


「ガストは霧状のモンスター。見ての通り、蜂が霧状になるまで巨大な群れを作っていることから、そう呼ばれているんだ。一匹の強さはモンスターとしては最弱に近いのだが、非常に大きな群れを形成する性質を持っていてな。多少殴っても数匹程度しか仕留められないので、群れ全体から見れば大きなダメージにならない。近接戦で倒すには面倒な相手だ」

「なら、ワシの出番じゃな!」


 この迷宮では意外と出番のなかったマクスウェルが、張り切った声を上げていた。

 だがこの爺さんは忘れている。俺たちの目標は、今あの蜂にたかられている芋虫なのだ。

 ここでマクスウェル自慢の大火力を叩きこまれたら、一緒くたに丸焼けになってしまう。


「待て待て。まずは芋虫を引き離してからだ!」

「どうやって引き離すんじゃ?」

「それを考えるのがお前の仕事じゃないのか……いや、いい。俺が行ってくる」


 あれだけの数がいると、俺の糸による斬撃はあまり効果を発揮しないだろう。

 だが食事の最中に乱入されたなら、如何いかな蜂とは言え不快に思うはず。

 攻撃の的が俺に移ればそれでよし。そうでなくとも多少のダメージを与えられるので、それも悪くない。


「とにかく俺が奇襲をかける。蜂が俺を追ってきたのなら、そこを焼いてくれ」

「承知した」


 マクスウェルの魔法はマリアほどは早く発動しない。

 それでも熟達した魔術師ではあるので、タイミングを見誤るような真似はしないだろう。

 俺は天井付近の壁の出っ張りに糸を飛ばし、自身を持ち上げる。

 この迷宮は四方が木でできているため、引っ掛ける的が多くて助かる。意外と、俺との相性がいい迷宮なのかもしれない。


 天井付近まで自分を持ち上げた後、俺は糸を自分の体に巻き付けておく。それも何重に。

 そして短剣を槍状に伸ばして、しっかりと固定し……蜂に向かって落下した。


 無論、身体に巻き付けた糸が落下時にほどけていくので、俺の身体はそれに応じて回転を始める。

 落下速度が上がるほど回転は速くなり、同時に固定した槍の穂先は凄まじい勢いで振り回される事になった。

 そのままガストホーネットの群れに突入すると、回転する穂先が無差別に蜂を斬り裂き、叩き潰していく。


 ブチュブチュと嫌な音を立てて一息に十数匹が一度に叩き潰され……俺はヒュージクロウラーの背に落下した。

 ゴムのような弾力を持つ外皮は、俺にダメージを与える事無く弾き返し、都合よく地面へと降り立たせる。

 グルグル回る視界をどうにか上げると、そこには闖入者に怒りを燃やす蜂の軍団が目に入った。


「お、成功?」


 そのまま逃亡に移ろうと一歩踏み出し――俺はすっ転んだ。

 馬車にすら敗北する俺の三半規管が、高速回転しながら落下するという荒業に、耐えられるはずがなかったのである。


「あ、ちょっと待って!? いや、やばいやばい! 足が、目が……」


 フラフラと左右に揺らめく俺に猛然とガストホーネットの群れが襲い掛かる。

 今の距離では近すぎて、マクスウェルは魔法を放てない。

 まるで酔っ払いのように逃亡に移るが、その足取りはまったく定まらない。このままでは追い付かれるのは必至。


「まっず――」


 事ここに到り、俺は自身の危険を完全に把握していた。

 だがそんな俺を猛然と引き摺り始めた存在がある。ヒュージクロウラー本人(?)だった。

 命の恩人を把握しているのか、それとも偶然なのか……逃げるヒュージクロウラーの短い爪先が俺の襟首を引っ掛け、そのまま蜂の群れから逃げ始めたのだ。

 無論、俺はその動きに引っ張られ、地面を引き摺られる事になる。

 そしてそれは、完全にガストホーネットの不意を突いていた。


 俺という目標を見失い、地面に向けて突撃するガストホーネットの群れ。

 芋虫と共に離脱する俺。

 両者の間に、完全な『安全距離』が確保されると同時に……マクスウェルの魔法が炸裂していた。


 使用したのはおそらく普通の火球ファイアボールの魔法。

 しかし彼の魔力で放たれたそれは、ガストホーネットを群れごと焼き払うに足る破壊力を持っていた。

 さらに言うと、虫というのは非常によく燃える。

 たった一発、それだけでガストホーネットはあっさりと壊滅したのだった。

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