第196話 服従契約
芋虫によって救出された俺を避けるように、火球が炸裂する。
それは大量に群れる性質を持つガストホーネットに、次々と引火して周囲の空間を焼き尽くしていった。
もちろん、そのそばにいた俺にも、その危険は迫る。
「あっつ! ヤベェって!? おい、芋虫、もっと走れ! 毛が、髪が燃える!?」
虫と同じように、人の髪も非常に引火しやすい。
特に柔らかく細く、それでいてまっすぐな髪質を持つ俺は、よく燃えるだろう。
コルティナとか俺を見てしょっちゅう『もえる』って言ってるからな。別の意味かもしれないが。
ともかく危うく爆炎に炙られそうになりながらも、かろうじて事なきを得ていた。
これはぎりぎりを見極めたマクスウェルの魔力制御の実力もある……と思いたい。芋虫くんの奮闘のおかげのような気もしないでもないが。
なんにせよ、目的の芋虫が無事でよかった。俺は芋虫の足に引っかかったまま、大きく安堵の息を漏らしていた。
しかし、そんな俺を無視して作業に励む、
「ふむ……?」
床に落ちて今なお燃え盛るガストホーネットを無視して、ずかずかと芋虫に歩み寄り、その顔面を鷲掴みにして吐糸管を調べるアスト。
その姿はまるで、ヒュージクロウラーの顔面を握り潰そうとしているようにも見えた。
「身体のサイズは思ったより結構大きいが、吐糸管は細いな。できれば現物も見てみたいところだが」
ぶつぶつと品評するアストだが、掴まれているヒュージクロウラーはたまったモノじゃない。
種族的にやや小振りとは言え、それでも七メートル程度はある。その巨体をうねうねと蠢かせ、逃げ出そうとするが、アストの握力がそれを許さない。
なんて羨ましい筋力だ。
「まあ、いい。こいつを連れて帰ろう」
「どうやってだよ?」
七メートルの芋虫など、収めておく入れ物はない。
長い手足があるならば、俺の糸で拘束する事も出来るのだろうが、芋虫にはそう言うモノも存在しない。
「ふむ……む?」
パッと手を離し、顎に手を当て思案するアスト。しかし、解放された芋虫は逃げる事なくその場に頭を垂れた。
その行動の真意を見抜けず、珍しく間の抜けた声を漏らしている。
「なんだ?」
「これはひょっとして……アスト殿に服従しておるのではないじゃろうか?」
「服従? 昆虫がか?」
「昆虫だからというか、知能が低いからこそ、強者には従うのかもしれませんぞ。ましてや我々は命の恩人ですしな」
「この虫が恩義を感じたってのか?」
「左様」
俺はマクスウェルに疑問で返したが、彼は自らの推測に自信を持っているようだった。
現に芋虫はアストの前にひれ伏し、微動だにしていない。
「焼いたのはそっちのエルフなんだがな……まあいい。動くな」
アストはそう言うと、自らの指先の皮膚を歯で噛み切り、その血を水袋の中に浸してから芋虫に掛けた。
そして額に何やら魔法陣らしきものを描くと、一瞬でその水が蒸発していく。
水が蒸発しても熱を発しているわけではないのか、芋虫が苦しがっている様子は見えない。
「あれ、なにやってんだ?」
「おそらくは服従契約の魔術じゃな。奴隷用のアイテムなんかに刻む魔法陣に似ておったわぃ」
その行動を、俺とマクスウェルは遠巻きに見つめる。何かの儀式のようだが、俺の知識には存在しない魔法のようだった。
巻き込まれると怖いので、微妙に距離を取っておく。
「へぇ、マクスウェルでも知らない魔法があるんだな」
「なにせ服従の魔術はご禁制じゃからの。迂闊に広まったら犯罪に使われる」
「ああ、そういう問題もあったな」
やがてアストは、何事も無かったかのように俺達の元に戻ってきた。後ろには芋虫も追従している。
「待たせた。悪いが一旦小屋に戻るぞ。こいつをマレバまで連れて帰りたいからな」
「あの山ですか? 構いませんが……大丈夫ですかな?」
あの山には猛獣も多い。ヒュージクロウラーはその大きさこそ脅威だが、逃げる時の様子を見ても足が速い方ではない。
せっかく捕獲して契約を結んだというのに、猛獣に襲われて死にましたでは、徒労になってしまう。
「それに関しては問題ない。地下には他にも部屋が作ってある」
「部屋って……他の地下室もあるのか」
「そうだ。少々かさばる荷物などはそっちに放り込んであるな」
温泉街で、コルティナも使っていた穴を掘るための魔法。術が途切れれば元の状態に戻ってしまうのだが、穴が開いている状態の時に固定の強化魔法を使うと、その状態が維持される。
これを使って地下に空間を広げれば、意外と簡単に地下室は作れる。
このサイズが収まるという事は結構な広さの地下室が他にもあるという事になるが、問題はそれを作る魔力量だ。その規模になると、結構消費するはずなのだが……
「ひょっとして、魔力量がマクスウェルに匹敵する?」
「それならば、いささか自信はあるぞ。後、格闘戦もな」
「なんで冒険者やってねぇんだよ、もったいねぇ……」
「そんな物はすでに飽きた」
なんとも豪快な返事を残し、
俺は呆れた顔のまま、その門をくぐったのだった。
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