第320話 避難所にて
◇◆◇◆◇
ラウム東部にある魔術学院は、かろうじてコルティナの築いたバリケードの誘導範囲の外にあった。
これは魔術学院が柵を持つ建物であり、避難所に指定されていたのもある。
そこには近隣の住民を集め、駆け出しの冒険者たちが柵を見張って防衛に当たっていた。
もちろん、その中にはミシェルの姿もある。柵の中から弓による遠距離攻撃ができる彼女は、この避難所で最も期待された防衛戦力でもあった。
「クラウドくん、大丈夫かなぁ」
「なに、ミシェル。彼氏の心配?」
「ぜぇったい違うし。それにクラウドくんはニコルちゃんにぞっこんなんだよ?」
「え、そうなんだ!?」
茶化すように話しかけてくる冒険者支援学園の級友に、唇を尖らせて答えを返す。
本人が聞いたら鳥肌を立てて否定しそうな噂を、彼女はなにかと率先して流していた。
こうして、クラウドはさらなる嫉妬の渦に巻き込まれることになるのは、まだ先の話だ。
「でも、指定範囲の巡回とか、ホント心配よね」
「ゴブリンって数が多いし、食べれるところが無いからキライ」
「嫌うところってそこなの? まあ、ミシェルらしいけど」
「それに今日はレティーナちゃんがいないし」
レティーナは自身の屋敷で、受け入れた難民の世話をするために帰宅している。
この魔術学院の防衛には参加していなかった。
「ニコルちゃんもいるんでしょ。あの子もすっごく強いって話を聞くけど?」
「うん。でも巡回に出ちゃってるし」
駆け出し冒険者の中でも、前衛職に就くものはゴブリン侵入に備えてバリケード内の巡回に出ている。
もちろん、ニコルの姿も朝からは見かけていない。これはクラウドも同じことだった。
「ニコルちゃんは無鉄砲だから、ゴブリンを見つけて無茶してないといいんだけど」
「そうなの? おしとやかそうに見えるのに」
「話してみるとわかるけど、実はすっごいヤンチャなんだよ?」
「へぇ、人は見かけによらないのね」
「そしてすっごいドジっ子でもあるの。だから見ててハラハラしちゃう」
「魔術学院に通っているのに前衛職で、お嬢様なのにヤンチャでドジっ子とか、属性盛りすぎじゃない」
「まー、強くて頼りになるのは確かなんだよね」
コボルドの時も、森で暗殺者に襲われた時も、いつも彼女は窮地に駆け付けてくれる。
そして、その脅威をボロボロになりながらも、いつも排除してくれた。
誰よりも可憐で、誰よりも勇敢な自慢の親友。それがニコルだった。
その彼女の話を友達にできるのは、誇らしくもある。
緊迫した情勢なのに、どこか余裕を持って対応できているのは、きっと彼女が同じ場所にいてくれたからだろう。
しかしそこへ、切羽詰まった表情のフィニアが駆けつけてきた。
「ミシェルさん、ニコル様を見かけませんでしたか!?」
「あ、フィニアさんだ。ううん、朝から見かけてないよ。きっと巡回に出てるんじゃないかな?」
ニコルが魔法剣士を目指していることは、学園の誰もが知っている。
父親から譲られたカタナと付与魔法で、敵に勇敢に斬り込んでいく姿は、魔術学院の生徒ならば一度は目にしたことがあるだろう。
だからこそ前衛と見做され、この状況で巡回に駆り出されているはずだった。
「それが昼食の時間になっても戻ってこないんです。クラウドくんも戻ってきてませんが、彼の姿はマテウスさんが確認してますし」
「それって、巡回に出てる人もニコルちゃんの姿を見かけてないってこと?」
「ええ、そうです」
そこまで聞いた時、ミシェルの脳裏には先ほどの友人との会話が思い出された。
ニコルは責任感が強く、そして仲間思いでもあり、なにより正義感が強い。
昼夜を問わず指揮所に籠っているコルティナを助けるため、こっそりとゴブリンの迎撃に参加していたとしても、おかしくはない。
そうなれば、どういう結末になるのか。彼女が頑張り過ぎた結果、気を失う姿はこの街の住人ならばどこかで一度は目にしているだろう。
もし戦場の最中で、誰のサポートもない状況でそんな状態になったら……
「たいへん、ニコルちゃんがゴブリンの苗床になっちゃう!」
「えええぇぇぇぇええええ!?」
妄想を暴走させたミシェルの発言に、フィニアは蒼白になって狼狽した。
ゴブリンは同種族同士でも繁殖するが、異種族を相手でも繁殖が可能だ。
まだ若いとはいえ見目麗しい女性を目の前にして、興奮しないとは思えない。
「どどどどうしよう、フィニアさん! ニコルちゃんがママになっちゃうよ!?」
「そ、そんなうらやま、いえけしからん真似をさせるわけにはいきません。待っていてくださいニコル様、今私が助けに向かいます!」
「待って待って、私たち三階位以下の後衛冒険者は外に出ちゃいけないんだよ!」
混乱するミシェルと暴走を始めたフィニアを、その場に居合わせた級友が必死に止める。
だがこの瞬間にも、ニコルの身が危ないと思うと、二人とも落ち着いてはいられなかった。
「でも、でも!」
「おやおやぁ、ひょっとして助けが必要な場面ですかぁ?」
そこにさらに混乱を助長する声が飛び込んできた。
いつの間にか彼女たちの背後に、白い少女が近付いていたのだ。
「神様!」
「うん、ミシェルちゃんはいい子ですね。わたしを神と敬ってくれるのはあなただけです」
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