第321話 vsゴブリンロード
ゴブリンロードは迫る俺に対し、手にした剣……というか、身の丈を超えるほどの巨大な、平たい石塊を大きく振り上げ、そのまま叩きつけてきた。
無論、幻影を纏っているだけの俺がこれを正面から受け止めることなど、できようはずがない。
進路をほぼ直角に捻じ曲げ、横っ飛びに左へと躱す。
俺がいた空間を石塊が薙ぎ払い、勢い余って大きく地面を叩いた。
その一撃は数メートルの範囲を陥没させ、地面を盛大に抉り取った。
これを見て俺は、何かが違うと気付いた。
ゴブリンは子供サイズの体格なのに、大人並みの力を持つ。
ゴブリンロードはさらに二回りは大きいため、身長は二メートルを超える。そこから生み出す膂力は、優に平均的大人の三倍から五倍に及ぶ。
だがこの破壊力はどうだ?
巨大な石塊を振り回す膂力と言い、地面を抉る破壊力と言い、これは五倍では利かないほどの力を発揮している。
こいつは本当に、普通のゴブリンロードと言っていいのだろうか?
どこか違和感を覚えつつも、俺は石塊を振り下ろして隙だらけのゴブリンロードの二の腕に向かって、槍を横薙ぎに振り払った。
槍なら突く方が有効かと思われるかもしれないが、戦場で刺すという行為は、武器をそのまま持っていかれる可能性を秘めている。
ここは手足の肉を削ぎ、確実に運動能力を奪う方が確実だろうという判断だ。
狙いは過たず、ゴブリンロードの腕がざっくりと切り裂かれる――はずだった。
だが返ってきた手応えは、まるで木に向かって斬りつけたような硬いもので、深く切り裂けた感触ではない。
事実、ゴブリンロードはその傷を全く意に介さず、上腕の筋肉を盛り上げるように力を籠めると、あっさりと出血が止まっていた。
それどころか傷口がうっすらと癒着しつつあるようにも見える。
「マジかよ!?」
俺は思わず、驚愕の声を漏らした。
俺だって多くのモンスターとも戦ってきた経験がある。こういった高速治癒能力を持った敵も、何度も見てきた。
しかしゴブリンロードがその能力を持っていると言う話は、聞いたことがない。
こういった敵を倒すのは、往々にして時間がかかる。
ここまで結構な時間を食ってしまっただけに、一刻も早く敵を倒してしまいたいというのに、厄介な事態になってしまった。
「――だが、それでも!」
ここは敵地の真っただ中。他の連中も目前の敵に手一杯で、こちらの救援に来れそうな状況ではない。
ならば俺が倒してしまうしかない。なにより、こいつを倒さないとコルティナの身に危険が及んでしまう。
「そんなこと、許されるはずないじゃないか!」
一声気合を入れて、再び仕切り直す。
腕に力を込めたゴブリンロードは、そのまま石塊の剣を横薙ぎに振り抜いてくる。
この動きは俺も読めていた。ゴブリンロードの動きはオーガほど鈍重ではないが、俺が見切れないほど速くはない。
低い位置からの斬り上げに、俺は側転の要領で飛び越える。
着地と同時に、今度は爪先を狙って槍を突き出した。
指先は神経の集中する部位であり、骨も脆い。また親指は機動の重要な起点でもあるため、ここを潰せばゴブリンロードの動きは大きく鈍るはずだった。
「グギャアアアアアアアアア!」
足の指を斬り飛ばされ、案の定ゴブリンロードは苦痛の悲鳴を上げる。
だがその傷跡も、瞬く間に出血が止まってしまう。
幸い、斬り飛ばされた指まで再生してしまう気配はなかったが、それでもダメージが蓄積しないということは、俺の精神を大きく擦り減らしていく。
「この調子だと、動脈を切り裂いても生きてそうだよな、こいつ」
そもそも樹木か岩と見紛わんばかりの外皮を斬り裂けるかどうか、わかったものではない。
今も付与魔術で肉体を強化しているが、それでもこいつの硬さは尋常ではない。ゴブリンの名を冠する癖に、強さだけはオーガのデンを超えているかもしれない。
想像以上のタフさを見せる相手に、次はどこを狙うべきか一瞬俺は逡巡してしまった。その隙を突くように、別のゴブリンが俺に向かって襲い掛かってくる。
それを槍の石突部分で殴り倒し、すぐさま穂先をゴブリンロードへと戻す。
ここは戦場の真っただ中で、時間を掛ければラウムはもちろん、俺自身の安全にも関わってくる。
余計な横槍が入った俺に、ゴブリンロードは再び迫ってきた。
相変わらず大振りの振り下ろし。巨大武器は膂力も必要だが、その運用が難しく、攻撃のバリエーションが少ない。
それを補うためには技量が必要となるが、それをモンスターに求めるのは酷だろう。
しかし圧倒的な破壊力は未熟な者ならば、充分に脅威になる。
万が一直撃を受けたらという恐怖が身を竦ませ、実力を大きく制限してしまうのだ。
しかし、残念ながら今ここにいるのは俺である。この程度で身を竦ませていたのなら邪竜退治など成せようはずもない。
ひらりと今度は右へ跳躍し――そこへゴブリンロードの右腕が待ち構えていた。
俺程度ならば、素手でも致命傷を負わせられると判断しての攻撃だ。
その判断は実に正解で、幻覚の下の俺の身体は、掠っただけでも手足が吹き飛んでしまうほど脆弱である。
とっさに槍を盾にして攻撃を受け止め、軽く跳躍しておく。
こうすることで下手に踏ん張るより衝撃を逃がしやすくなり、致命傷を避けることができる。
もちろんその分跳ね飛ばされることになるので、体勢が崩されることは避けられない。
俺は五メートル以上も跳ね飛ばされ、無様に地面に転がることになった。
そこへ殺到してくるゴブリンの集団。その数は軽く五体を超える。
飛び掛かってくるゴブリンの一体に、槍を突き出し喉元を串刺しにする。
これは反射的に行動したことなので仕方ないと言えるかもしれないが、深々と突き刺さった槍はすぐさま抜くことができなくなっていた。
俺は槍を使い続けることは不可能と瞬間的に判断し、即座に手放す。
あのまま槍に執着していれば、ゴブリンの群れに押し潰されていた可能性もあるからだ。
そしてそのまま手につけていたグローブに魔力を通し、愛用の手甲を召喚した。
コルティナが使い魔で戦場を監視していたので使えなかったが、この窮地となれば仕方ない。首都を守るのももちろんだが、今の俺は死ぬわけにはいかないのだ。
襲い掛かってきた残り四体を殴りつけ、手首の爪で動脈を掻き切り、糸で足を縛って転ばせ顎を踏み砕く。
残った一体は回し蹴りで跳ね飛ばしておいた。その段階になって、俺は日光を遮る存在に気付く。
ゴブリンに手間取っている間にゴブリンロードが俺のそばまでやってきていたのだ。
すでに石塊は大きく掲げられていた。
ゴブリンロードの顔には、勝利を確信した表情が浮かんでいる。
しかし糸を手にした俺にとって、その動きは致命的と言える。瞬時に糸を飛ばし、振り上げた腕の肘の辺りに糸を絡め、そしてそれを首に巻き付けた。
後は奴が腕を振り下ろせば、自動的に首が締まる。双剣の魔神相手に使った戦法。
刹那の間に互いに自身の勝利を確信し、口元に笑みを浮かべる。そしてゆっくりと腕が落ち始め――
直後、ゴブリンロードの頭部を鋼鉄製の矢が射抜いたのだった。
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