第501話 ニコル、慌てる
俺が学院から帰宅した時、デンの姿が無かった。
いつも番犬の如く待機している姿が無いことに不審を抱き、いやな想像が脳裏に浮かぶ。
安否を確認すべく、即座にフィニアの下に確認に走った。
少し離れた場所にあるレティーナの部屋の前まで来た時、向かいのフィニアの部屋の扉が開き、中からレティーナが飛び出してきた。
「レティーナ、無事?」
「ニコルさん! ええ、わたしは無事です。ですがフィニアさんの姿が無くって。そちらにお邪魔していませんこと?」
「こっちもデンの姿が無いんだ。ひょっとして……」
フィニアたちがいない。その事実が、イヤな想像を更に掻き立てた。
カインが俺たちへの牽制として、フィニアやデンに手を出し身柄を拘束したのでは、という疑惑だ。
さすがにそんな直接的な行動に出るとは思えないが、万が一は常にあり得る。
「とにかく、寮内を探してみよう!」
「わかりましたわ!」
俺たちは制服を着替えることもせず、そのまま廊下を足早に歩き出す。
一応寮内は走ってはいけない決まりなので、できる限りの早歩きだ。もし寮母に見つかって足止めを食らっては、余計な時間を取られてしまう。
それにしても、この状況は何かおかしい。
レティーナにも確認を取ってみたが、室内に争った形跡はなく、書き置きなども残されていない。
フィニアならそれくらい残していきそうなものだし、敵が牽制のために手を出したのだとしたら、部屋が荒れていたり、警告が残されていなければ意味がない。
「部屋はきちんと掃除されてた。その作業をしている間は無事だったってことだ」
「ええ、わたしの部屋も綺麗にされていましたわ」
「なら、いなくなったのはそんなに前じゃない。掃除道具も片付けられていたから、結構時間を使ってるはずだ。どんなに長くても三時間以上は前じゃない」
「三時間……微妙な範囲ですわね。特にフィニアさんにとっては」
フィニアは女性だ。命が無事でも、他の部分で危険にさらされている危険もある。具体的にいうと貞操とか?
特にあの粘着質な視線を持つカインが相手だと、その危険度は高まるだろう。
焦燥に駆られながら俺たちが階段までやってくると、上の階から誰かが暢気に下りてくる足音がした。
視線を向けると、そこにはカインの姿があった。
「これはこれは。美しいレディがお二人そろって、どちらにお出かけかな?」
「あなた――!」
「……フィニアはどこ?」
激昂して掴みかかろうとするレティーナを手で制し、俺は勤めて冷静に、そう尋ねた。
ここで事を荒立てては、フィニアは元よりレティーナの身も危なくなる。
「フィニア……確かレティーナ嬢の使用人でしたか? いいえ、今日は見かけていませんね」
「あなたは見かけてないかもしれないけど、『他の人』は見かけてるってこと?」
感情を押し殺した声で、探りを入れる。
ここで奴を怒らせた場合、フィニアもデンも命の補償がなくなる。
「同じ使用人同士ですからね。『下の者』が見かけた可能性は、否定できませんね」
「これは警告ってことでいいのかな?」
「はて、何のことだか?」
しらばっくれて、大仰に肩を竦めるカイン。
正直この時点で奴の首をへし折りたくなる衝動に駆られていた。
しかしそれでは、レティーナの依頼も果たせないし、フィニアの安否も確認できない。
ここは一旦、下手に出る必要がある場面だ。
「フム、どうやら使用人が見つからず、心配しているご様子。ですが案外、買い物にでも出かけているのではないですか?」
「だといいんだけどね」
「下々の者まで気に掛けるとは、実にお優しい。早く見つかることを私もお祈りしておきますよ」
「……ありがと」
意味深な笑みを残して、カインは階段を下りて廊下を曲がっていった。
その背中を見送りつつ、俺たちはフィニアたちの捜索を再開する。まずは彼女たちが出入りしそうな場所を当たる必要がある。
真っ先に思い浮かんだのは厨房なので、そこに足を向けることにした。
急ぎ足で階段を降りて玄関ホールへ出る。そのまま厨房への廊下へ曲がろうとした時、玄関の扉が開いた。
「あ、ニコル様、レティーナ様。どちらへ行かれるんです?」
「フィニア!?」
「ひょっとしてお茶ですか? 申し訳ありません、茶葉を買ってきたのですぐ入れますね」
「か、買い物?」
「はい、そうです。あ、そうそう、少しお話しておきたいことがあったんですよ!」
無邪気にそんなことを言いながら、拳を握って怒りを表明するフィニア。
その姿のどこにも、怪我らしいものを負った様子はない。
「ハァ、とりあえず無事で安心したよ。でも出かけるなら書き置きくらい残しておいて?」
「あ、申し訳ありません。本当はもう少し早く戻る予定だったのですが……」
「ニコル様、その辺りについて報告したいことがございまして。申し訳ありませんがここでは
恐縮して見せるフィニアに割り込む様に、デンがそう主張する。
控えめな彼がこう主張するからには、他人に聞かれたくないようなことが起こったのだろう。
「わかった。とにかく無事でよかった。詳細は部屋に戻ってから、お願い」
「はい。レティーナ様もご一緒願えますか?」
「もちろんですわ!」
こうして俺たちは、フィニアたちを引き連れて俺の部屋に戻ることになった。
しかし……ということは、先ほどのカインは本当に濡れ衣だったことになる。
正直気は進まないが、無礼な態度を取ったことを謝りに行かねばなるまい。
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