第502話 フィニアたちの報告
部屋に戻った俺たちは、フィニアから買い物の途中で起こったことを聞いた。
以前であった酔っ払いに絡まれ、路地に連れ込まれた挙句、怪しげな薬で人外魔境な存在に変身され襲われたというのだ。
もしこれが別の町で聞いた話なら『またまた、ご冗談を』と笑い飛ばしていたことだろう。
しかし、この街では何が起きてもおかしくない。
「その薬が、レメク親子が取り扱ってるやつなのかな?」
「それはどうかわかりませんが、あの力はもはや人の限界を超えたモノかと。単純な破壊力だけならライエル様にも匹敵するかもしれません」
「うへぇ」
ライエルの剛腕は、仲間だった俺が最もよく知っている。
奴は本能的に最適解を引き当てる戦闘術のギフトを持ってはいるが、攻撃力を底上げするような能力は持っていない。
そこでタフネスのギフトを最大限活用し、普通の人間なら倒れてもおかしくない修練を積み上げて会得したのが、あの身体能力だ。
その鍛え上げた肉体は、家宝の聖剣の威力も相まって、天下無双と言える殺傷力を奴に与えていた。
それに匹敵するとなると、もはや人の域を越えている。俺もフル強化してようやく上回れるかというほどである。
「でもでも、それをデンさんがこう、ビシーッて一発でやっつけちゃったんですよ! すっごく強かったです」
「へぇ、デンが、ねぇ?」
少しばかり興奮気味なフィニアの態度に、俺はデンに対して嫉妬めいた感情を覚えていた。
なんというか、今まで一途に俺を思ってくれていた彼女が、他所の男に目を向けることが非常に気に入らない。
「そんなに強いなら、一度手合わせしてみる?」
「無理です。死にますからやめてください」
「なんで? フィニアの話からすると、結構いい勝負になるんじゃない?」
「私の力はしょせん付け焼刃にすぎません。基礎の身体能力と、ハスタール様よりご教授願った身体強化魔法と格闘術が少々。それではとてもニコル様の相手などできません」
「そうかな?」
デンはオーガから上位の個体へと進化している。その身体能力は、小柄になったとはいえ以前より劣るものではない。
むしろ無駄な肉を削ぎ落とし、最大効率で力を発揮できる肉体になっている。
この辺は武器の進化と同じで、最初は無駄の多い効率の悪い大きさを。続いて威力を求め大型化。やがて最大効率を発揮できる大きさへと小型化していくという流れがある。
モンスターもこれに関しては同じで、オーガの時は無駄な大きさと大きさに見合わぬ程度の強さしかもっていなかった。
これがハイオーガ、オーガジェネラルなどに進化していくと、身体はどんどん大きく、腕力も強くなっていく。
ところがオーガロードへと極まると、逆に身体は小さくなり、その身体で最大限の効率を発揮するようになるらしい。おそらくデンはこの域に達している。
そこへきて、身体強化魔法だの、格闘術だのを会得しているのであれば、いい勝負ができそうなものだが。
「ニコル様の戦闘術は、
「そう? まあ、気が進まないなら無理にとは言わないけど」
それより今はフィニアの話だ。話が逸れてしまったが、その薬の出所を調べたいところだった。
しかし、相手はすでに死亡しており、死体もすでに街の衛士が回収していることだろう。
「できるなら、その小瓶を調べてみたかったな」
「人目が集まってきておりましたので、失念しておりました。申し訳ありません」
「いや、変に二人に注目が集まるよりはよかったよ。でもその三人組、ただの復讐だといいんだけど」
「それにしてはタイミングよく薬を入手したものだという疑惑は残りますわ」
「効果も危険すぎます。完全に理性を失っていたようですし、あんな物が市街に広がっていたら、大混乱になるはずです」
レティーナとフィニアが矢継ぎ早に疑問を提示する。
確かに男たちに絡まれてから、しばらくの時間は経っているが、それほど長いという時間でもない。
その短期間に危険な薬を入手したというのは、レティーナの言う通りタイミングが良すぎる気がする。
それに効果もだ。人として崩壊してしまうような薬が出回っては、最低限の街の治安すら維持できない。
どんな薬かは知らないが、服用量を間違った時点でモンスター化してしまったら、街中にモンスターを飼うような状態になってしまう。
「そいつらだけが、特別効果のキツイ薬を持たされたって可能性もあるか?」
「流通者がわざわざ?」
「あの時はレティーナやわたしの顔も見られてるからね。狙うとしたら、そういう手もあるかもしれない」
「まあ、ニコルさんがそういうなら、そうかもしれませんわね」
レティーナはそう納得してくれたが、正直言って発言した俺ですら半信半疑ではある。
そもそも、カインが積極的にこちらを狙うような敵対行動は、まだ取っていないはずだ。
室内を調べはしたが、それが俺だと特定されるようなヘマはしていない。
先ほどはフィニアとデンの二人の所在が分からず、焦って混乱したが、ことさら彼女たちが狙われるような理由はないはずなのだ。
「こちらが目をつけられる何かがあった、ということなのかな?」
「だとすれば、今後は警戒せねばなりませんわね」
「うん。フィニアとデンも気を付けて。あとミシェルちゃんたちにも警告しないと」
「では私が行ってまいりましょう」
俺の言葉を受けて、デンが立ち上がる。
しかしそれを手で制して、再び席に座らせた。
「落ち着いて。さっきも言ったように、警戒しなきゃいけないのにデン単独で動いてどうするの」
「それは……」
「むしろここは隠密行動に適したわたしが行くべきでしょ」
俺が隠密のギフトを使った場合、学生程度では捕捉することはできない。
つまり部屋を抜け出したことすら悟られず、外に出ることができる。ましてや今の俺には幻覚を纏う指輪もある。
別人に成りすましておけば、狙われる可能性も少ないだろう。
「しかしニコル様お一人では――」
「元々単独行動は得意だし。それはデンも知っているでしょ?」
彼はハスタール神の元にいた。つまり白いの――破戒神も近くにいたわけで、俺の転生前の姿については、すでに聞き及んでいる。
なのでレイドとしての能力は、デンも承知しているはずだった。
「はい、それはもう。ですがやはり」
「心配性だね。まあわからないでもないけど。じゃあ、今度みんなで行くことにしよう」
「それなら、安心ですね」
すでに入寮してしばらくの時が立つ。生活必需品が足りなくて買い出しに行くという口実はもう使えない。
だが、それならそれでやりようがある。
椅子の足の一本でも折っておけば、修理の名目で外に出ることができる。もちろんその荷物を持ち出すための労働力として、使用人を連れ出すのも、不自然ではない。
こうして俺たちは、再び街に繰り出すことになったのだった。
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