第503話 飛び入りの仕事

 カインたちの干渉を警戒して、四人そろって街へと出ることにする。

 途中で、フィニアたちが襲われたという場所に行ってみたが、すでに街路は片付けられ、衛士が数人往来していた。

 フィニアは緊張した面持ちで顔を隠そうとしていたが、デンは平然としたものである。

 この辺りの図太さは、彼女にはまだないらしい。


「フィニア、フードで隠してるから、そんなに引っ張らなくてもいいよ?」


 かぶったフードを必死で引っ張って顔を隠そうとしてる彼女の仕草は、なんだか子供が帽子を引っ張っているようで可愛らしい。

 しかしその行動は、変に周囲の視線を集めるので止めた方がいい。

 俺の注意を受けて、フードを引っ張るのはやめたが、今度はパタパタとマントを叩いて身嗜みを整え始めた。どうにも落ち着かないらしい。


「デン、例の小瓶とか、どこかに落ちてる?」

「いえ、どうやらすでに回収されたようですね」


 俺の言葉を受け、デンは封鎖された街路を一瞥して、そう答えた。

 やはり重要な証拠品として回収されたのだろうか? ならば衛士の詰め所に忍び込んでみるのも一つの手だが……


「ふむ、詰所の金庫を破ってみるか」

「ニコル様、その発言はまるっきり犯罪者です」

「わたしを誰だと思っているんだか」


 元々暗殺者の俺は、紛う事なき犯罪者である。いまさら詰め所に忍び込んで証拠品をガメてくることくらい、どうということはない。

 まあ、今世ではライエルやマリアに迷惑がかかるかもしれないので、慎重に事を運ぶ必要があるが。

 しかし重要な証拠になる小瓶がここにないのなら、長居する必要もない。


「いこう。あまり立ち止まっていると、逆に怪しまれるかも」

「は、はい」


 上ずった声で返事をするフィニア。レティーナも今回は言葉少なく、小さく頷いただけで後に続いた。

 そのまま表通りをしばらく進み、通りに面した宿屋の一つに入っていく。

 裏通りにも宿はあるが、そういった宿でははっきりいってしまうと、治安が怪しい。

 多少値が張るのは仕方ないと割り切り、表通りの宿を仮宿としていたのだ。


「こんにちは。ミシェルちゃんかクラウドはいますか?」


 宿のカウンターで帳簿仕事をしていたおばさんに、俺はできるだけ愛想よく尋ねてみた。

 以前から定期的に訪れているため、すでに彼女とは顔見知りになっている。


「あら、ニコルちゃん、いらっしゃい。ミシェルちゃんとクラウドくんなら、急ぎの仕事が入ったとか言って今朝がた飛び出していったよ」

「急ぎの仕事?」

「なんでも荷物運びらしいんだけど、人手が足りないとか言ってたね。二、三日で戻って来るとは言ってたけど」

「そう、なんだ……?」


 俺もミシェルちゃんたちとは付き合いが長い。しかし、依頼中にこうして飛び出していくことなど、今までに経験が無い事だった。

 多少不安な面もあるが、受付にいる彼女がその場面を目撃していた以上、拉致されたとかではないらしいので、そこは安心しておく。

 荷運びということは、マスクの大量消費について調べてもらっていたので、その辺りに進展があったのかもしれない。


「そうそう、ニコルちゃんに書き置きがあったのよ。ミシェルちゃんから」


 おばさんがカウンターの下から封書を取り出し、俺に渡す。

 封には蝋が落とされており、複雑な模様が蝋に押されていた。これは白銀の大弓サードアイに刻まれた装飾の一部だ。

 家紋を持たないミシェルちゃんが、その代わりに編み出した手法である。

 開封した形跡は、もちろんない。即座に開封し、中身を確認する。


「どれどれ?」


 手紙には大量に納品した業者が確かに存在し、その業者が突然大量納入するため人手を欲しているという情報が入ったため、急遽仕入れに同行することにしたとしたためられていた。

 その後には、仕入れの手伝いと護衛を兼任するために街を二、三日離れること、その話を俺に持っていけなかったことなどを謝罪する文が続いていた。ちなみに文末には、謝罪するミシェルちゃんとクラウドの挿絵入りである。彼女はなかなか絵が上手い。

 彼女たちの存在はカインに認識されていないし、今回の仕事もただの納品の手伝いらしいので、荒事にはならないだろう。


「そっか。会えないのは残念だけど、これなら危険はないから、安心かも? おばさん、このテオドラ被服店ってところの評判は?」

「んー、大手の服飾店だね。羽振りはいいけど、うちらにはちょっとばかし敷居が高い感じかな」

「高級服とか扱っているの?」

「そうだね。貴族の旦那方も出入りしてるらしいし、変なタイミングでかち合わせたりしたら、面倒になりそうでね。それでちょっとね」

「そうなんだ……ミシェルちゃん、大丈夫かな?」


 ああ見えて、ミシェルちゃんも地味に美少女である。顔よりも胸に視線が向いてしまうので、俺やフィニアほど目立ってないだけだ。いや、逆に目立っていると言えるか?

 一部の趣味を持つ人間には俺たち以上に目立っているが、それが今回に関しては少し心配のタネである。

 色狂いの貴族の目に留まったりしないかと、気になって仕方ない。


「まあ、クラウド君もついているし大丈夫さ。あの兄ちゃんは見かけも中身も、いい男だからね」

「クラウドがぁ? いや、まあ……」


 最近いろいろと下ネタに走りやすいクラウドではあるが、それでも最低限の節度は守っている。

 そうでなければ、仲間から蹴り出しているくらいだ。そういう点では、彼に関しての評価は高い。

 とりあえず納品ならば危険はないと判断し、俺たちは宿から寮へ戻ることにした。

 このおばさんにも世話になっているので、そのうちなにかお礼をしないといけないな。

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