第78話 はじめての弟子

 少年は俺の投げた水筒におずおずと口を付けた。

 これは彼が喉が渇いていたと言うより、言う事を聞かなかった際の報復を恐れたような態度だった。

 その態度から、彼が日頃どのような対応を受けているか見て取れる。 


「落ち着いた?」


 元よりあまり量は残っていなかったので、すぐに飲み干してしまったようだ。

 口を放したタイミングを見計らって、俺は改めて声を掛けた。

 その問いに、おずおずと少年は答えを返す。


「う、うん」

「こんな時間にどうしたの? 子供が出歩く時間じゃないと思うけど」

「君だって――あ、ごめん」

「わたしは別にいいけどね。言葉使いとか気にしないし」


 おそらく、俺に反論した事を謝ったのだろうと推測し、そう告げた。

 案の定、少年は驚いたような表情でこちらを見る。


「わたしは半魔人に偏見は持ってないよ。だから気にしなくていい」

「そうなんだ……めずらしい――あ!」

「うん、さすがに変人扱いは怒るけどね?」


 トンと材木の上から飛び降り、少年の背後に回り込んで後ろから両頬を引っ張る。

 毛糸を体中に絡めて、筋力補助をしている俺の動きは、少年の目にも止まらぬ速度だっただろう。

 あっさりと背後を取られ、頬を引っ張られながら少年はアワアワと暴れる。

 ひとしきり罰を与えておいて、再び距離を取った。


「あっ……すごい」

「ん?」

「速いから、驚いた」

「ああ、動き? ちょっと工夫しててね」


 俺が再びトンと跳躍して、少年の頭を飛び越えた。

 筋力が低いとはいえ、動かす身体は幼い少女の物だ。軽い分、速度や跳躍力といった面での効果は目に見えて発揮される。それでも大の大人の筋力と比較すると……やや物足りなさは残る程度だが。


「それ、工夫ってどうやるの?」

「名前を聞く前にそれを聞くのかな?」

「あ、ごめん……僕、クラウドって言うんだ」

「そう、わたしは――」


 そこまで言ってから、気付いた。俺はそれなりにこの街で名前が知れてきている。

 ここで名乗ってしまえば、夜に秘密特訓してる事がバレてしまう可能性がある。というか、その可能性が非常に高い。


「えーと、そうだ、わたしの名前はレイドというのだ」

「レイド? 六英雄の人?」

「うん、そう。一番カッコイイ人!」


 自分で自分の事をこういうのは面映ゆい所があるが……まぁ、子供の前だし多少調子に乗っても許されるよな?


「一番最初に死んだ人じゃん」

「ブッコロス」

「ひぃ!?」


 再び頬を引き延ばされるクラウド。コイツ、口が軽いんじゃないか? 本名を名乗らなくて正解だったか?


「お前も半魔人ならちょっとは敬意を示せよ、コルァ!」

「すみません! すみません!」


 引っ張ってわかったが、こいつの頬、意外と伸びるな。面白い。

 それはそれとして、同胞たる半魔人にまでこの言われ様は少しばかりイラッと来た。

 最近俺の評価が上がっている人材ばかりにあってたから、天狗になっていたかもしれない。


「で、でもあの人は例外ですよ。六英雄は半魔人とかそういうのを超越してますから」

「そりゃ、なぁ……」


 この世界で六英雄を批判する人間はいない。

 北部の王国を三つ滅ぼし、数十万……いや、百万に届こうかという犠牲者を出した邪竜を討伐した功績という物は、それほどに大きい。

 例え前世の俺が半魔人だったとしても、それを声高に批判する人間など皆無だ。

 もし口にしたものが見つかれば、『ならお前がやってみろ』とドラゴンの前に引っ立てられるだろう。


 そんな功績を残していたとしても、半魔人の地位向上には役立っていない。

 俺はあくまで『例外』の存在なのだ。


「お前……いや、クラウド、君も迫害でもされているのか?」

「え、うん……その……」


 俺の言葉にクラウドは口籠った。この態度だけで答えているも同然である。


「親はどうした?」

「僕、孤児院に住んでるから」

「子供同士のイジメか。その辺りのチェックは厳しくなったはずなんだがなぁ」


 半魔人の子供は、その嫌悪感から捨てられる事案も多い。元々数百人に一人生まれるかどうかという確率なので、問題にもなり難い。

 人と違う異貌。あまりにも少数派故の無力。だからこそ迫害するにはちょうどいい存在。それが半魔人だ。

 故に孤児院に半魔人の子供がいると言うのは、それほど珍しい事ではない。

 だが俺の一件があってから、ラウムでは孤児院のチェックは厳しくなっているので、そういう迫害は起きていないはずなのだが……


「ううん、先生は仲良くしなさいって。でも……」

「ああ、なるほど。子供は無邪気で――容赦がないからなぁ」


 子供のイジメというのは、ある意味大人でも引くほど残酷な場合がある。

 彼も恐らく、そういう被害に遭っているのだろう。


「それで、さっきの動きをどうやるか聞いたのか」

「うん」

「仕返しするために?」

「……うん」


 子供のヒエラルキーというのは運動ができるかどうか、勉強ができるかどうかで決まる。

 先程の動きができれば、イジメという沼から抜け出せる。そう思ったとしても仕方ない。


 俺だって、その気持ちはわかる。

 俺も幼い頃迫害を受け、それ故に反骨心を正義感に変えて、力を求めたのだから。

 そしてその感情が暴走し、手当たり次第に悪を断罪して、暗殺者として恐れられるようになった。


 目の前にいる少年は、境遇的に俺の幼い頃に瓜二つと言っていい。

 このままでは、俺と同じように力を求めて暴走し始める可能性がある。


「まぁ、これはちょっと特殊な技術を使っている技だから、君にそれを習得するのは無理だろうけど……」

「そっか……無理なんだ」


 圧倒的理不尽を与える神の祝福ギフト。それに由来する能力というのは、一般人には手に入らない力と宣告されたに等しい。下手に希望を持たせるよりは、無理だと断言してやった方が彼のためになる。

 そもそも俺の技術は俺が磨き抜いた技であり、あのような機動力はライエルですら持っていない。

 しかし、しょんぼりと肩を落としたクラウドを放置するのは、いささか後味が悪い。


「でも、基本的な戦い方くらいなら、教えてあげられるよ」

「本当!?」


 パァッと急激に笑顔を浮かべるクラウド。この浮き沈みの激しさは、子供特有なのか、こいつだけなのか。

 それから俺は、彼に剣を使う上での心構えなどを説いた上で、軽く使い方をレクチャーをした。

 さすがに糸の使い方はマスターできるとは思えなかったので、汎用性の高いオーソドックスな剣と盾の取り回しである。


 剣ならばどこの町でも手に入るし、盾は身を守るために有効な装備だ。鎧と違い、子供でも充分な防御力を得ることができる。

 それに、俺はかつてパーティ解散の憂き目の後、仲間を集めることができなかった。これは俺の特殊な戦術がネックになったことは否定できない。

 彼にも俺と同じ轍を踏んでほしくはない。そのためにも汎用性というモノはできる限り重視しておきたい。


 その後、夜にまた会えば教えを授けることを約束しておく。

 こうして俺に、はじめての弟子ができたのだった。

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