第79話 聞き込み調査

 翌日、俺はコルティナと連れ立って、ラウム最大手の商会であるホールトン商会へ足を向けた。

 俺もコルティナも、髪を隠して変装している。

 理由は違法な品を調べる以上、有名人が訪れたら表面を取り繕われる可能性があるからだ。


 コルティナはサスペンダー付きのズボンでフサフサの尻尾を隠し、白いシャツと濃紺のジャケットを羽織って中性的な装いをしていた。

 特徴的な猫の耳はベレー帽で隠している。

 俺も金髪のウィッグを着けて、いつも以上にフリルの多い衣装を纏って追従していた。

 コルティナも金髪なので、上手くすれば姉妹に見えるだろう。

 この衣装を着付けていた時のフィニアの嬉しそうな表情ときたら……いや、今はそれは置いておこう。


 商会の門をくぐると、店員が朗らかな笑顔でこちらに挨拶をしてくる。

 慣れない変装という事で、コルティナがびくりと反応する。


「いらっしゃいませ! ホールトン商会へようこそ!」

「え、あぅ……はい?」

「ティナ、ここはあいさつ返す必要はないから」


 狼狽うろたえてぺこりと頭を下げ返すコルティナに、俺はお尻を叩いて注意する。


「あー、えっと……その……」

「欲しいお薬があるのです」

「薬ですか? では薬剤師の店員を呼んできますので――」

「いえ、特殊な薬ですので、商会長に直接お話を伺いたいのですが」

「商会長ですか……」


 さすがにいきなり商会長に会わせろと言うのは、怪しまれるか。

 そう言えば、ここはマチスという子の実家だったな。


「あ、そう言えばわたし、魔術学院でマチスって子と同じクラスなのですが……」


 同じクラスとは言っても、その人数は結構多い。これくらいなら話の切っ掛けとして丁度いいはずだ。


「マチス様の……それで薬――!? 少々お待ちください!」


 店員は慌てふためいた様子で奥へと下がっていった。

 その様子にただ事ではない雰囲気を感じる。


「なんか……変」

「よね。それに怯えてた感じもするわ」


 ちらりと周囲の様子を窺ってみると、他の店員も先ほどの発言以降、ピリピリとした雰囲気を漂わせている。

 チラチラとこちらを覗き見る店員すらいた。客の方は何事もなかったかのような反応。

 異様な緊張感の中、しばらくして恰幅のいい男が店の奥から出てくる。だがその顔は蒼白に染まっていた。


「お客様ですかな? お薬をお求めの方は。マチスともお知り合いの様で」

「あ、はい」


 ダラダラと脂汗を流す男に、俺は戸惑いつつも返事を返す。

 男は汗まみれの右手を差し出しつつ、自己紹介してきた。


「申し遅れました。私は当商会を取り仕切っております、ヘイズ・ホールトンと申します」

「わたしは……えと、ドナって言います」


 この際、コルティナの名前が出なければいいと思い、適当な名前を告げる。

 俺の噂は街中に――とは行かないが、かなり広まっている。ここはコルティナだけでなく、俺の名前も伏せておいた方がいいはずだ。

 元ネタにしたドノバン君、スマン。いや、奴に謝る必要はないか。


「ドナさん、ですか」

「はい、こちらは保護者のティナと言って姉です」

「ど、どうも」


 コルティナは非常に頭は切れるし応用力もあるのだが、自分の調子が取れない状況に戸惑っているようだ。

 商人との駆け引き。しかも正体を出さずに。そんな状況は軍師であった彼女にはあまり経験が無かっただろう。

 ここは俺がリードしないと、ボロを出すかもしれない。


「ここでは話もなんですし、奥へどうぞ。お茶も用意してますので」

「あ、はい」


 ヘイズさんは俺達をカウンター奥の別室で話をしようと提言してくる。

 どうも、俺達との話を他の人間に聞かれたくないらしい。まるで人目を避けるように、奥の部屋へいざなった。

 控えめだが品のいい小部屋の中に入り、ヘイズさんはドアをしっかりと閉めた。それどころか、施錠までしてみせた。


「あの、なぜ鍵を?」

「……き――」

「き?」

「君たちがマチスを攫ったのか!」

「はぃ?」


 ヘイズさんはコルティナに迫り、その襟元を締め上げる。


「ちょ、ちょっと!?」

「私に違法な薬を買い取れと迫り、断ったからと言って娘を攫うなど――」

「いや、私はそれと関係――」

「待って、コルティナ。ヘイズさん、その話、詳しく」

「白々しい! 貴様たちが連中の一味というのは……」


 完全に逆上してしまっている。このままでは話は聞けそうにないし、聞けたとしてもまともな内容にはならないだろう。

 とにかく、落ち着いて貰う必要がある。


「仕方ない。コルティナ、帽子取って」

「へ?」

「やはり偽名だったか! 本名はコルティ……ナ……様?」

「え、あ、うん」


 勢いの止まった隙を突いて、コルティナがかぶっていたベレー帽を取り去る。

 その下から金髪とそれにに近い色合いの、長毛種特有のフサフサの耳がぴょこんと立ち上がった。


「その……耳……本当に……? し、失礼しましたぁ!」


 ばね仕掛けの人形のように飛び退り、華麗なまでの滑らかさで土下座する。

 地面にひれ伏し、ブルブルと震えている所を見ると、本気で怯えているらしい。


「いや、いいです、気にしてませんから。それより詳しい話を――」


 コルティナは衣服の乱れを整えてから、椅子に腰かける。これでようやく落ち着いた話し合いができそうだ。

 と言っても、先程の会話から大体の流れは把握している。

 恐らく女王華の種を奪った連中は、この国最大の商会ホールトン商会へ品を持ち込み、違法なそれをこのヘイズ氏が断った。

 それを逆恨みして、娘のマチスを誘拐したと言う所だろうか。


「実は三日ほど前です。冒険者に見える男達三人が女王華の種を持ち込みまして……無論、女王華は手出し無用のモンスター。その種を買い取ることは法律的にも問題がありますので、お引き取りいただきました」


 冒険者達はその時は大人しく……まぁ、悪態は吐いていたが、その時は大人しく引いたそうだ。

 しかしその二日後、マチスの姿が消えた。そして代わりに女王華の種を買い取るように脅迫状が届いたのだとか。

 そして翌日、薬を求めてやってきたマチスの同級生と名乗った俺を、犯人の一味と勘違いしたという訳だ。


「どうやら、ここが当たりだったみたいね」

「うん」


 コルティナはニヤリと笑みを浮かべ、悪い笑顔を浮かべていた。

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