第80話 見えない尾行

 どうやら敵は同じ存在らしい。

 ヘイズさんにこの一件を任せてもらうよう、コルティナにお願いしてもらった。

 彼が娘のために先走らないように、警告も含めて、だ。


「この一件、私達が手掛けている事件と、犯人が重複しそうですね。よろしければ、私達に任せてもらえませんか?」

「コルティナ様方が引き受けていただけるのであれば……ただ娘の命だけは、どうか」

「それは重々理解しております。私も子供の大事さを身をもって感じていますので」


 そう答えつつ、俺の頭を撫でてくる。

 髪の手触りが気に入らなかったのか、そのままヒョイとウィッグを取り合げた。その下からマリア譲りの細くしなやかな青銀の髪が現れる。


「その髪、もしやマリア様の……?」

「ええ、マリアとライエルの娘のニコル。つまり私にとっても娘も同然。マチスさんはこの子の同級生という話ですし、全力で事態の収束に当たらせていただきますわ」

「それは心強い!」

「できましたら、この一件については引き続き箝口令を。それと使い魔を一体付けておいてよろしいですか?」

「はい。お願いします」


 使い魔とは使い魔作成ファミリアと呼ばれる魔法によって生み出される、ゴーレムの一種だ。

 単純なゴーレムと違い、使用者と感覚を同化しているので、離れた場所でも自体を把握する事ができる。

 操魔系の魔法なのだが、難易度が低いわりに利便性が高いため、習得している術者は多い。


 ヘイズさんの許可を得て十分程度の儀式の後、小さなハムスター状の使い魔が作成された。

 彼の上着のポケットにその使い魔を潜ませる事で、彼の状況を把握しておこうと言う考えだ。


「では、我々があまり長居すると敵に怪しまれるかもしれません。今後はこの使い魔を通して連絡を取りましょう」

「この使い魔、喋ることが……?」


 初期の使い魔では声帯が存在しないため、喋る事ができない。しかし、精密に作られた上位の使い魔ならば喋る事は可能になる。

 しかしコルティナには、操魔系魔術のそこまでの力量はない。


「私の力では喋る使い魔は作れません。後でマリアかマクスウェルの使い魔をよこしますので、交換してください」

「わかりました。ではそのように」


 一礼するヘイズさん。その顔には安堵の表情が浮かんでいた。

 おそらくマチスちゃんが行方不明になって、一日。心配で精神を擦り減らしていたのだろう。


 攫ってすぐにその事実を知らせ、要求までに時間を一旦置く。

 そうする事で目標の精神を擦り減らし、衰弱したところで要求を突き付ける。

 日を置いて弱った被害者の姿を見せるのも、効果が高いだろう。

 救いを目の前にして、耗弱こうじゃくした心はその釣り針に容易く食いつくと言う訳だ。犯罪者がよく使う手である。


 今回、その時間が裏目に出たと言っていい。

 衰弱させる時間があったせいで、俺達が間に合ったのだから。


 ヘイズさんと別れ、店の外に出てこっそりと周囲を探る。しかし怪しい姿は発見する事はできなかった。

 問題はこういう事態に慣れていないコルティナである。

 周辺を探るのに、キョロキョロと見回してしまっている。


「コルティナ、キョロキョロしない」

「う、ゴメン。軍を動かすのならともかく、こういう街中での動きは慣れてなくって」


 戦場という特殊な環境をメインに戦ってきたコルティナは、街中での経験は少ない。

 しかも俺たちと一緒に旅に出てからは野外戦がほとんどで、街中で行動する事は少なかった。

 邪竜という敵を討伐するために集められた俺たちを受け入れると、下手をすれば邪竜に恨みを買ってしまう恐れもある。

 街に寄る事を最小限にして行動していたため、彼女は一般的な冒険者としては歪な経験しか持っていなかった。


「それにしてもニコルは落ち着いてるわね。私よりも頼りになるわ」

「……褒めても、なにも出ない」


 悪を断罪する暗殺者。それを行うため、俺の戦闘力は街中でこそ発揮される。

 コルティナとは全く逆の方向性だ。


「どこでそんな技術を学んだの? マリアから?」

「えっ!?」


 しまった。珍しく俺がリードする展開に、少々調子に乗ってしまった。

 あまり出しゃばりすぎると、怪しまれるのは当たり前だ。俺はまだ十にも満たない子供なのだから。


「えーと、えーと……ママだったか、パパだったか、覚えてない……」


 自信無さげにわざとらしくうつむき、おとがいに指先を当てて、考え込む仕草をする。

 あからさまに媚びた態度だが、場を誤魔化すためなら仕方ない。

 現にコルティナも、そんな俺の姿を見て手を合わせて悶えている。これでまた、正体をばらせない理由が増えた気がする。


「まーいっかぁ! ニコルちゃんかわいーし!」

「ふぎゅー!?」


 抱き着いてきたコルティナを敢えて避けず、俺は抱き人形のごとく抱きすくめられた。

 ぐりぐりと頭頂部に頬摺りしてくるコルティナ。とりあえずは誤魔化せた気がするので、良しとしよう。

 コルティナだけじゃなく、こちらを見ている視線からも――だ。

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