第81話 夜間訓練
そう、怪しい姿『は』見つける事ができなかった。
だが明らかに、肌を刺すような視線を感じた。見つけられない誰かが、こちらを凝視しているのを感じた。
間違いない、誰かがこちらを監視している。
「用事が済んだのなら、帰ろ? みんな待ってるし」
「そ、そうね。欲しい情報は入った訳だし……情報の共有と、後、喋れる使い魔をマクスウェルかマリアに送ってもらわないと」
俺の勧めに従い、そそくさと帰路に就く。俺もその後をついて行くが、視線は剥がれる事は無かった。
それなのに、姿は確認できない。おそらく相手は俺と同じく隠密のギフトを持っている可能性が高い。
これを無効化するには、探知系のギフトか魔法でもないと不可能だろう。
「ま、トレントの警戒を掻い潜れるとなると、それも当然か。となると、このまま家まで帰るのも不味いな」
俺は口の中でだけで、そう呟く。
このまま帰宅すると、六英雄が事件に関わっている事がバレてしまう。
もし知られれば、連中はこの街から逃げ出してしまうだろう。あの、人攫いたちが逃げようとしていたように。
「コルティナ、こっち」
「ん、どこいくの?」
「えっと、おしっこ」
「あ、そっか。お茶とか飲んでたもんね」
俺たちは手近なカフェに飛び込み、奥の席でティーセットを注文すると同時にトイレへ駆けこんだ。
さすがにここまでは視線は感じない。いや、カフェの中まで追跡してこれなかったと言うべきか。
人目が多い場所では、隠密のギフトがあったとしてもその姿を隠しきれるものではない。
特に追跡者は入り口を注視されたらバレてしまうので、入店を躊躇ったのだろう。
「コルティナ。今のうちに変装解いちゃお」
「あー、そっか。もう別にいいよね」
服を着替える事はできなかったので、俺はウィッグを取っただけ、コルティナは帽子を取ってジャケットを脱いだだけだ。
俺はドレスの上にコルティナのジャケットを羽織って変装した。
フォーマルな感じを持つジャケットと、青銀の長い髪のおかげで、大分印象が変わったはずだ。
コルティナも帽子とジャケットを取っただけで大きく印象が違って見える。
トイレから出た俺たちは別種の視線によってざくざくと突き刺された。
そりゃそうだ。俺のそばにはコルティナという超有名人がいるのだから。
無論、この街の人間はコルティナの事は知っているので、地方のように大騒ぎになりはしないが、それでも注目されるのは避けられない。
俺が率先して奥のテーブルを選んだので、街路からこちらを覗く事はできない。
中で変装を解いたので、このまま外に出れば、追跡者も中に入ったのが俺たちだとは気付かないだろう。
どうせ他の面子だってまだ帰っていないだろうし、ついでにコルティナとケーキでも貪っていこう。
甘い物は――実は前世から好きだったのだ。
夜になって、俺は隠密のギフトを最大活用して、家から抜け出した。
念のため家周辺を調べてみたが、不審者が張っている様子はない。
「うーむ、これはこちらを追跡させた方が手っ取り早かったか?」
とは言え、コルティナが絡んでいると知って追跡を継続する悪党なんてそうそう居ないだろうし、これも結果論か。
なんにせよ俺は先客がいるので、貯木場へ向かう。
そこにはクラウド君が木切れを持って待ち構えていた。
俺の身元を確認されないよう、髪と顔を隠してから声を掛ける。
「おまたせー。待ってた?」
「ううん、今来たところだし……なんか変な会話だね」
「うるさい、だまれ。早速修行に入るぞ」
待ってたクラウドは準備運動を済ませ、木切れを不格好に構えた。
だが少々重いのか、腕が震えているように見える。
「いい? 剣を使う上で重要なのは、身体にあった武器を装備する事だ」
サクリ――と、何かが頭に刺さったような気がした。心理的に。
「重い武器は身体の負担が大きい。長く戦えないと言うのもマイナス点だ。まずはもっと軽い得物を持つ事を勧める」
「なるほどぉ」
二本目のブーメランが頭に刺さった気がするが、間違った事は言っていない。
前線を維持すると言う事は、後衛の安全を確保する事でもある。そしてそれこそが前衛の最大の仕事なのだ。
重い武器で戦闘開始早々に疲労してしまっては、その役目を果たせない。
まずは身の丈にあった武器を装備して、ようやくスタート地点に立つ事ができる。
幸いここは貯木場で、木切れならそこら中に転がっている。その中から適当な大きさの物を選んで、俺たちは対峙した。
「前線を維持すると言う事は立ち続けると言う事だ。つまり――」
「やああぁぁぁぁ!」
「隙のない相手に自分から攻撃するのはむしろ悪手。よっぽどの実力差が無い以上、まずは守りを優先すべし」
振り下ろされる木切れを受け流し、態勢を崩してから横腹を軽く突いた。
「アイタッ!?」
「攻撃は隙を生むんだよ。だから牽制なり何なりを入れて、逆に相手の隙を生み出させなさい」
「う、うん」
木切れを構え、何度も交錯し、その度に心得を説いていく。
孤児院育ちの俺は師匠という存在に着いた事は無く、少々度の過ぎた喧嘩と実戦で自らの技を鍛えてきた。
その経験を言葉に変えて、少年に伝えていく。
これまで正式な弟子という存在を持った事は無いが、ライエルもこんな気持ちで俺に剣を教えていたのだろうか。
コルティナに隠密術を教えた時は、弟子という雰囲気ではなかったから、よくわからない。
「武器は剣だけとは限らない。この木切れは剣を模してはいるが、あくまで木切れだ。その時に応じた使い道はある」
クルリと木切れを持ち替え、杖のようにして間合いの内側での使用に対応する。
木切れを剣のように使っていたクラウドは、その間合いの変化に対応できず、攻撃の手段を無くした。
その隙を突いて手を叩いて武器を落とす。
武器は剣だけじゃない。斧も、槌も、杖も、弓も。
自分にあった武器を探し出すのも、強くなるための重要な
俺はギフトから糸という武器に簡単に気付く事ができたが、それがないクラウドでは試行錯誤の連続が待っているだろう。
「いい? ここで教えている事は戦い方。モンスターや悪党を相手に使う技だ。子供のイジメに使うのは禁止」
「え?」
「君がイジメにあっている事は理解している。でもここで教える事はそういうレベルを超えてる。これは敵を殺し、身を守るための技だ」
「それは……」
「相手を殺したい訳じゃないでしょ」
「うん――」
子供のイジメは容赦がない。重傷を負わせるようなイタズラだって、平然とする。
だがそれでも、相手を殺害してしまえば、彼の方が悪人になる。例え自衛の為であっても、悪にされてしまうのが半魔人だ。
それはクラウドもわかっているので、そこまでの敵意を相手に持っていなかった。
これはあくまで彼が身を守るための技であり――今後、彼が孤児院から巣立った後に役立つ技だ。
俺はそれを、彼に仕込んでいく。
それでなんとなく、自分の――レイドという存在の何かを残せた気分になるからだった。
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