第203話 森の不審者
ラウムは森に囲まれた大都市である。
街を出て街道から一歩踏み外せば、そこはすでに森の中と言うくらい、周辺の緑が深い。
薄暗く、日の光を遮る木々は、方向感覚を容易く失わせる。そして危険な大型モンスターは冒険者に狩られているとは言え、有害な動物がいなくなったわけではない。
つまり森とは、脆弱な一般人が足を踏み入れていい場所ではない。
しかし、クラウドとミシェルは一般人の領域からすでに数歩踏み出した存在だ。
森の中も慣れた調子で突き進み、敵の存在を暴き出す。
「――あ、そこに蛇」
「まかせて!」
草むらに潜む蛇を目聡くクラウドが見つけ、指示を出す。特に毒を持つ危険な生物ではなかったが、その肉は食用に適している。
狩ったところで大した量ではないが、それ以上に大した労力でもない。
返事をしながらも手に持った狩猟弓に流れるように矢を
警戒のため準備していたとはいえ、その速度は目を見張るものがあった。
クラウドもミシェルも、ニコルのスパルタについて行くことによって、一般的冒険者を遥かに超越した技量を手にしつつあったのだ。
そうやって気楽に、しかし堅実に狩りの成果を上げていって、そろそろ昼を迎えようかと言う時間帯。
野鳥を三羽、蛇を一匹、兎を二羽仕留めていた彼らは、ホクホク顔で帰途に就いていた。
しかしその途中、クラウドが奇妙な物を発見する。
「ん?」
「どうかしたの?」
「ああ、ほら……ここに馬車の轍の跡」
クラウドが指さした先には、確かに馬の蹄と車輪の跡が残されていた。しかも二組。
それと数名の足跡。しかし斥候の経験のない二人には、それが何名かまでは判別できない。
しかし、この場所を馬車が二台通過したことくらいはわかる。
「別に珍しくないんじゃない。ここは首都の近くなんだし、馬車は頻繁に往来してるよ?」
「でもミシェル。ここは森の中だぞ?」
楽観論を述べるミシェルに、クラウドは反論した。
轍を発見したのは、街道から少しとは言え離れた場所だ。道もろくに整備されていない場所を無理矢理馬車で通るなど、普通の旅人ならば絶対にしない。
しかも土の抉れ具合を見る限り、それほど時間は経過していない。
「んん~? つまりどういうこと?」
「怪しいって事だよ」
クラウドはそう言い残すと、轍の跡を追って草を掻き分け始めた。
その仕草から、彼が後を追おうとしていると、ミシェルは察する。
「ちょっと、どこ行くの!」
「こんな場所に馬車で入り込むなんて、怪しいに決まってる。きっと後ろ暗いところがある連中だ。なら衛士に通報すれば、賞金がもらえるかもしれないだろ」
貧困生活を送るクラウドにとって、この轍は一獲千金の道標に見えた。
このような場所に、こそこそと人目を避けて潜む連中がまともなはずがない。しかし、怪しいというだけでは通報できない。
半魔人のクラウドではその発言力は低く、通報しても信用されない可能性もある。
どんな連中が、どこで、何をしているのか。それを見極めてから通報すれば、報奨金が出る可能性もグッと高まるはずだ。
その金はクラウドにとって、冒険者生活に踏み切るための貴重な準備資金に成り得た。
「危ないよ。せめてニコルちゃんが帰ってくるまで――」
「帰ってくるのは今日の昼過ぎだろ。相手がそれまで待ってくれるとも限らないじゃないか」
「そうだけどぉ」
かつて人攫いの男と戦った経験のあるミシェルは、クラウドほどには楽観的になれなかった。
いつもは気楽な意見を述べるミシェルと、慎重論を述べるクラウドの立場が逆転している。
それは急激に成長したことによって、自信過剰となっていたクラウドの失態だったかもしれない。
そしてミシェルも、強力な武器を手に入れ、それを使いこなせるようになったことで、少なからず『どうにでもなる』と言う楽観論に捉われていた。
やがて二人は、森の中の小さな広場に停車している、二台の馬車を発見する。
その馬車は明らかに旅行用の馬車とは違った構造をしていた。
一台は通常の旅行用に使われる馬車と大した構造の違いはない。荷台に幌が掛かっており、雨を避けられるようになっている。
だがもう一台は明らかにそれとは違っていた。
荷台はやたらと頑丈な鉄製。しかも檻付き。
屋根は幌ではなく、これも鉄でできた頑丈な物。そして檻の中には……小さな子供が一人、捕らわれていた。
手足に枷を嵌められた、ミシェル達よりもさらに小さな少女。その身体は薄汚れていて、ボロ布一枚纏っただけ。
しかもかなり衰弱しているようにも見える。
「ひどい……助けてあげないと」
「……もしかして、あれってもしかして、奴隷商?」
「クラウドくん、知ってるの?」
「俺だって見るのは初めてだよ。でも法律で禁止されているから、取引を街の外で行うって話は聞いた事がある」
「じゃあ、あの子も?」
「うん。このままだと奴隷として売られる事になる」
草むらに潜み、声を潜めて相談する二人。
馬車の周りには、五人の男が思い思いの格好で休息を取っていた。
さすがにミシェルと言えど、五人を纏めて狙撃するような真似はできない。それは二人にも理解できている。
「戻ろう。奴隷商がいる事がわかっただけでも充分だ。衛士に通報すれば、きっと捕まえてもらえる」
「うん」
「そりゃ困るなぁ?」
突然、二人の背後から気楽な声が聞こえてきた。
小さな蛇すら感知するクラウドやミシェルに気付かれる事なく、至近まで忍び寄ってきた存在。
やや気怠げな、緊張感のない声に二人は同時に振り向き、矢を放ち、剣を振る。
「おっと。意外とやるな、こいつら?」
だが背後の男はその同時攻撃をいとも容易く回避してのけた。
しかし、その攻撃音は他の男たちの耳にも届く。
「なんだ!」
「ネズミだよ。ちぃっとばかし、デケェけどな?」
男たちの
だがクラウドにはそれを不思議に思っている余裕は無い。
「ミシェル、行け! 早く街に――」
「で、でも!」
「俺は何とか粘って見せる! ここは街からも近い、すぐに戻れば間に合うはず!」
とっさにクラウドはミシェルを逃がす行動に出た。
木製の大盾を構え、男に対峙する。しかし、五人の男もこちらに迫ってきていた。
このままここに留まれば、確実に二人とも捕らえられるだろう。
しかし二人揃って逃げては、確実に追いつかれる。相手には馬だってあるのだ。ならば、どちらかが足止めしないといけない。
即座にそう判断したクラウドは、ミシェルに逃げるように命じた。そしてミシェルもまた、クラウドと同じ結論に達していた。
だからこそ、逃げる事を躊躇ってしまう。
「いいから行け! こうしている時間だって惜しいんだ」
「わかった――死んじゃダメだからね!」
「まかせろ!」
そしてクラウドは、男たちの方に踏み込んでいく。
相手の方が数は多い。待ちに回ってはミシェルの後を追われるかもしれない。積極的に前に出て戦闘に巻き込む。そうする事であとを追えなくする。
「へぇ、坊主、いい判断してるよな?」
二刀の男が感心した声を上げた。その声を背に受けながら、ミシェルは街に向かって駆けだしていたのだ。
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