第204話 救援

 ミシェルちゃんの話を聞いて、俺は即座にその場を駆け出して行く。

 そうだ、よく考えればわかる事だった。

 レティーナが攫われた時、俺は誘拐犯を壊滅させた。だが外で取り引きに応じる予定だった奴隷商には対処していない。

 マチスちゃんが攫われた時も、彼女を奴隷商に売るという話を、誘拐犯たちは口にしていた。

 そうだ、まだ肝心の連中と取り引きしていた根源が残っていたじゃないか。

 それをクラウドたちは発見してしまったのだ。


「しかも、仲間を逃がすために、一人残るとか……!」


 その行為は過去の俺と全く同じだ。

 今でもその判断が間違っていたとは思わない。もし全く同じ状況になったら、同じ判断を下すだろう。

 しかし、その結果がもたらした悲しみも、今では理解している。

 コルティナもフィニアも、俺の死を悲しんでくれた事を忘れてはいない。


「もし死んだら――本当に破門だからな、クラウド!」


 ここで奴が死んだら、今度はミシェルちゃんがその悲しみを背負う事になる。

 そればかりは、許される事ではない。

 駆け出す俺の背後で、フィニアが叫んでいる声が聞こえた。


「あーもう、だから言ったんですよ! ニコル様には絶対内緒だって!」


 おそらくは、彼女とミシェルちゃんが口論していたのは、この結果のことだろう。

 この情報を知れば、俺は一も二もなく飛び出していく。

 フィニアとしては衛士に通報して、役人に任せる方がいいと判断したに違いない。


 しかし当事者であるミシェルちゃんは違う。

 そんな時間的余裕が無いため、最も頼りになる存在――すなわち俺かコルティナに頼ろうとしたのだ。

 だがコルティナは仕事が残っていて不在。マクスウェルに到っては国内にすらいない。

 そこへ俺が帰ってきたのだから、泣いて縋るのも当然と言える。


「ま、待ってニコルちゃん。わたしも行く!」


 フィニアを置いて俺の後を追ってくるミシェルちゃん。

 その足は十歳児とは思えないくらい速い。だがそれでも俺には敵わない。俺の瞬発力は、同年代において他の追随を許さない。

 一番近い東門に到着し、しばしミシェルちゃんを待つ。その間に顔見知りの門番に事態を知らせておいた。


 週末になると門を出入りする俺達は、それなりに有名人でもある。

 子供だけで狩りに出かけ、しかも歳不相応な大物を仕留めて帰ってくるのだから、目立つのも当然だった。

 しかもコルティナとマクスウェルを後援者に持ち、ライエルの娘。

 その俺が奴隷商の存在を知らせたのだから、通報を疑われるという事もない。


 クラウド一人が対応中と聞いて、血相を変えて仲間を掻き集める衛士。

 普通の子供だったら、役目はここまでだろう。だがこの瞬間にもクラウドは殺されているかもしれない。

 部隊を編成するまで、待つ時間はない。


「や、やっと、追いつい――」


 ゼェハァと息を切らし、ミシェルちゃんが到着する。いつもならば『お疲れさま』と声をかけねぎらう所だが、今はその余裕すらない。


「悪いけどミシェルちゃん、場所を案内して」

「う、うん」


 苦しいだろうに、健気にも俺の言葉に頷き、先を急ぐ彼女。

 休ませたいが、場所を知るのは彼女だけだ。


「来て、こっち!」

「わかった!」


 促されるままに森の中に入る。時折大きな枝をへし折って、進行方向に傾けて地面に突き立てておいた。

 ミシェルちゃんの案内で俺たちは目的地に進めているが、後続の衛視たちにその案内はない。

 だから通った目印を残しておいて、追ってくる目印を残しているのだ。


 しかしその救援も、いつになるかわからない。

 人数を掻き集め、武装を整え、上司に出陣を報告し、許可をもらう。

 軍隊の行動と言うのは、何かにつけて遅い。この場合、その遅さが致命に過ぎる。


「あった!」


 突然ミシェルちゃんがそう言って地面を指さす。

 そこには数人分の足跡と、馬車の轍の跡が残されていた。深い轍の跡は重い荷物――檻を載せている馬車の特徴だろう。

 そしてそれを牽く馬の蹄の跡も、二頭分。二頭立ての大型馬車がここを通った証拠である。


「……なるほど。確かに怪しい」

「ね? この先でクラウドくんが戦ってるの、早く助けてあげないと!」


 ミシェルちゃんはそう言って先を急ぐ。だが……剣撃音はしない。

 距離がまだ離れているのか、それとも戦闘が終わってしまったのか。

 クラウドの戦闘力は高くない。大人五人を相手に勝利を収められるとは思えない。

 ならば戦闘の終了とはすなわち――


「いや、まだそうと決まったわけじゃない!」


 俺は頭を一振りして、ミシェルちゃんの後について行った。

 しばらく進むと、ミシェルちゃんが足を止めた。そして口元に手をやり、悲鳴を上げるのを必死に堪えている。

 俺はそんな彼女の反応に、視線を更に前へ移動させた。

 そこには突如緑が途切れ、広場になっている空間が広がっていた。

 そして数人の男と、右腕から――いや、右腕を失って地面に倒れ伏しているクラウドの姿が存在したのだった。

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