第390話 ハイキング気分

 俺たちは街の外に向かって歩みを進めていく。

 この街もラウムと同じく、周辺にモンスターが出没する。しかし、これまたやはりラウムと同じように、冒険者たちが周辺を討伐して回っているため、近辺での安全はある程度確保されていた。

 そのため、駆け出し用の試験で街を出ても大丈夫だと判断されているらしい。


「コルネ草は街の北にある湖のそばに生えているらしいよ」

「先ほどの図鑑に載っていたんですか?」

「うん、覚えてきた」


 ストラールの街の北には、街の水源になっている湖が存在する。

 湧水が作り出しているその湖は、夏でも水温が低いため、泳ぐのにはあまり向いていない。

 それでも夏場になれば、結構な数の行楽客が訪れる名所の一つだそうだ。

 名所と呼ばれるだけあって、水質はかなりよく、透き通るような透明度を持っている。

 俺からその話を聞いて、フィニアは大きく落胆した。


「水が冷たいのなら泳げないですね。ニコル様の水着姿が見れなくなるのは残念ですね」

「まだ時期的に早いよ。それに、なぜわたしの水着姿に期待しているのか。わたしとしてはフィニアの水着姿こそ見てみたいのに」

「なら一緒に着てしまえばいいのですね!」

「どこで泳ぐのよ?」

「宿のお風呂場とか?」

「狭すぎぃ」


 ガドルスの宿にも、一応共同浴場は設置されている。この辺りはさすが巨大宿泊施設と言えよう。

 しかし、それもあまり広いと言えるものでは無く、四、五人が入れる程度の物である。これは大陸北部に近いこの地方では、入浴よりも身体を拭く程度で済ます習慣が強いかららしい。


 そもそもフィニアとは一緒に風呂に入っている仲である。今さらなぜ水着を着て入らねばならないのか。

 俺が呆れた声を上げていると、俺たちと同じく街を出るために門番と話をしている見知った顔を発見した。

 先日、倉庫の修繕で一緒になったマークたちだ。


「あ、マークさん」

「うん? あ、フィニアさんじゃないですか! 街から出るんですか?」


 フィニアが声をかけると、マークの表情が目に見えて明るくなる。

 フィニアはマークの命の恩人でもあるため、格別の敬意を持っているようだ。

 そこに好意の感情が見て取れることも、否定できない。しかしそこらの男にフィニアは渡さないぞ?


「はい。昇格試験で」

「へぇ、じゃあ同じモリーア草なんですか?」

「モリーア草?」

「水草の一種ですね。北の湖で採れるんです。聞き返すということは、別の奴かな?」

「はい、私たちはコルネ草です。でも、水草なら目的地は湖ですね? わたしたちと一緒です」

「そうですね、よければご一緒しませんか?」

「それは……」


 ちらりとこちらを見るフィニア。俺の決定を待っているのだろう。

 こいつの感情については気に入らない面もあるが、人手が増えるというのは、悪い事ではない。

 周辺を警戒するにしても、捜索するにしても、人では多い方がいい。


「いいんじゃない、別に」

「ニコル様も異存ないようですし、そういうことでしたら、ご一緒しましょう」

「本当っすか!」


 まったく、こいつも現金だな。最初は女子供とか見下していたくせに。

 まあ、フィニアは美少女である。やや身長の物足りない俺や、腰回りがまだ子供っぽいミシェルちゃんと違い、見た目的な年齢も彼らと釣り合う。

 そういう観点から彼女に粉を掛けようとするのはわからないでもないが……


「ただし、不埒な真似をしたら承知しないから。主にガドルスとか、わたしのパパとか」

「うっ!? わ、わかってるよ」


 念のため釘を刺しておくことは忘れない。特にこの一週間ほどで、俺の父がライエルであることは知れ渡っている。

 ここまで言われては無茶な迫り方をしたりしないだろう。


 門番に街を出る手続きを申請し、そのまま水源のある北に向かって進む。

 ストラールの北はやや高台になっており、そこに湧水が湧いて湖を作っていた。

 その水が高台の傾斜を下って川になり、街に流れ込んでいる。

 その良質な水と南側が日当たりの良い傾斜になっているため、ストラールはラウムにしては珍しい穀倉地帯になっていた。

 ドノバンが徴税権に固執したのは、こういった理由もある。


 なだらかな勾配を川沿いに登っていくため、気分はハイキングに近い。

 ミシェルちゃんなどはさっそく透き通った水を口にして、その美味さに歓声を上げていた。


「うわぁ、つめたい! それにすっごくすっきりする。ニコルちゃんも飲んでみてよ?」

「そう? ここで水を入れ替えておくのもいいかもね」

「あ、それいい。そうしよーっと」


 ストラールの街まで流れてくるまでに水に雑味が混じってしまうため、この近辺の水は街の水とは別物といっていい。

 携帯した水袋の中身を入れ替えるのは、悪い考えではないはずだ。

 ミシェルちゃんに倣ってフィニアとクラウドも水を入れ替え、それを見たマークたちも真似をしていた。


 そうして気楽なハイキングの末、俺たちは高台にある湖までやってきた。

 透明度の高い湖は、まるで鏡のように陽の光を反射して、水面が宝石のように輝いている。

 それをみてフィニアとミシェルちゃんは、感激の吐息を漏らしていた。


「きれーい」

「本当に。ニコル様の髪みたいですね」

「わたし、ここまで光ってないよ」

「いやいや、フィニアさんの笑顔ほどじゃ――」

「シッ、シッ、一昨日きやがれ」


 フィニアに露骨な追従の言葉を並べようとするマークを、俺は一蹴しておく。

 同時に周囲を観察し、コルネ草を探し始めた。

 フィニアも俺に続いて捜索を開始する。こうなってはマークも暢気にナンパなどできはしまい。

 だが、しばらく探してみたがコルネ草の姿は見つからなかった。


「あれ……おかしいな。図鑑じゃこの辺って書いてたのに」

「数が少ないんじゃねぇの?」

「さすが試験というところですね。一筋縄ではいきません」


 この反応からすると、クラウドもフィニアも見つけることはできなかったようだ。


「ひょっとすると対岸までいかないといけないとか?」

「この湖、結構大きいですよ。向こう岸まで行くとなると相当時間がかかりそうです」

「そうだね。夕方になっちゃいそう。ニコルちゃん、どうする?」

「うーん……」


 ミシェルちゃんが言う通り、対岸まで行くと夕方になってしまう。そうなると帰るのは夜更け過ぎになってしまう。

 夜間に行軍する危険性を考えれば、湖畔で一泊した方が安全かもしれない。

 もしくは、この近辺には存在しない可能性もある。


「書物を鵜呑みにするなっていう教訓なのかな? とりあえず、対岸まで行ってみよう。なかったらそこで一泊して明日の昼に帰還ということで」

「うん、わかった!」


 こうして俺たちは、湖を半周する羽目になったのだった。

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