第389話 昇格試験

 しばらくすると、クラウドとフィニアも起き出してきた。

 全員が揃ったところで、ガドルスが食事を運んできてくれた。

 宿泊費は格安に割り引いてくれていて、食事も料金に含まれている。


「で、ミシェルちゃん、その服どうしたの?」

「うん、朝の弓の用意をしてたんだけどね」


 彼女の話によると、朝起きて弓を張り、それを引いて具合を確かめていたところ、放した弦が彼女の豊かな胸を強打したらしい。

 いつもは胸当てを着けているので、弦が当たっても防護してくれているのだが、起き抜けで防具を着けていなかったらしい。


「先に胸当て着けるようにしようね。怪我すると大変」

「そうですよ。子育てにも関わる胸は大事な場所ですから」


 やや呆れ声の俺に、フィニアも同意する。

 だがミシェルちゃんはそれに反論してきた。


「でも、胸当てがきつくなってて、着けられなくなってたんだよ?」

「え、ミシェルちゃんも?」

「『も』ってことは、ニコルちゃんもきつくなってた?」

「うん。ベルトがちょっとね」


 そういうと、服を少し引っ張って胸元を確認してみる。

 確かに谷の陰影が少し深くなっている気がする。ミシェルちゃんに至っては、シャツのボタンがきつくなっているようで、合わせ目に隙間ができていて下着がちらりと覗いていた。


「うむうむ……うむ?」


 俺がミシェルちゃんの胸元に視線を向けていると、そこに重なる視線を感じ取った。

 言うまでもなく、この場で唯一の男、クラウドだ。


「こら、クラウド!」

「あっつぅ!?」


 制裁として熱いお茶の入ったカップを奴の手にぶっかけてやる。


「ミシェルちゃんに邪悪な目を向けるな」

「頼むから先に言葉で注意してくれ!」

「そうじゃぞ。ワシの淹れた茶で遊ぶな」

「それはごめん」


 ちょうどガドルスが、焼いたベーコンとスクランブルエッグを挟んだホットドッグを持ってきたところだった。

 さすがに食べ物を粗末にするのは、作った彼に悪いので謝罪しておく。


「ニコルにミシェル。さすがに二人分も調整に出すのは手間じゃろ? ワシでよければ調整してやろう」

「え、いいの?」

「こう見えてもドワーフの端くれじゃ。装具の調整をするくらいの腕はある」

「もちろんタダだよね?」

「マリアやライエルに似ず、ちゃっかりしとるな。まったく」


 大きく息を吐くと、ガドルスは俺の申し出を了承してくれた。

 ただし専門家ではないので、その品質は保証しないということだ。


「あーでも、わたしの分はともかく、ミシェルちゃんのはシッカリと作った方がいいかも」

「え、なんで?」

「だって、いつもの狩猟弓を使う分にはいいけど、『それ』を使うとなると普通の防具じゃ物足りなくなっちゃうよ?」

「あ、たしかに」


 俺が指摘した『それ』とは、言うまでもなく腰に吊るしたケースに納められた白銀の大弓サードアイのことだ。

 あの強力な反発力を持つ弓の弦なら、普通の防具では胸を守りきれない。

 それどころか、大怪我をしてしまう可能性が高い。

 ミシェルちゃんの胸が大きく成長してきた今、その問題は非常に重要だった。


「でも、この弓から守れる胸当てなんて思いつかないよ?」

「そーだよねぇ」


 普通の防具なら、確実に弾き飛ばしてしまう。それだけの力がこの弓にはある。

 ミシェルちゃんがこの弓を使いこなすには、相応の胸当てが必要になってくる。しかし、その心当たりは……俺にはあるが、口に出せない。


 邪竜の素材を使えば、彼女の胸当ては確かに作れる。

 だがそれをどういう口実で彼女に渡せばいいのか? 

 純粋なミシェルちゃんなら疑うことなく受け取ってくれるだろうが、胸当てというのは隠すことができない。

 そしてこの宿には、邪竜を間近で見たガドルスがいる。

 俺がその素材を取り出した段階で、正体を疑われてもおかしくない。


「うーん……」

「とりあえず、冒険者ギルドに行ってくればどうだ? 階位の昇格には試験もある。それほど難しい物じゃないから、試験から戻ってくる頃には防具の調整も終わっておるじゃろ」

「そんなにすぐ終わる?」

「ミシェルはともかく、ニコルの防具はベルトの調整だけじゃ。夕方には終わる」

「むぅ、ここにも胸囲の格差は存在したのか」

「なにをいっとるんだか」


 ガドルスは俺の後頭部をベシンと叩いてから、カウンターに引っ込んでいった。

 俺とミシェルちゃんは、食事の後で部屋に戻ってそれぞれ防具を取りに戻った。

 ミシェルちゃんも白銀の大弓サードアイを使用するには物足りないが、普通の狩猟弓を使用する分には今までの防具で事足りる。

 胸周りの調整だけ済ませば、しばらくはごまかすことができるだろう。


 防具をガドルスに預けた後、俺たちは推薦状を持って冒険者ギルドへ向かった。

 どうやら昇格に当たって試験があるらしいが、それさえクリアすれば階位が上がり、より割の良い仕事を受けることができる。

 そうなれば、今の資金難からも脱出できるはずだ。


「ね、ね? 二階位になったら、どんな仕事が受けれるのかな?」


 ミシェルちゃんは目をキラキラさせながら、そんなことを話しかけてくる。

 弾むような足取りに合わせ、胸当てのない胸部が上下に跳ねる。

 もちろん俺とクラウドの視線は釘付けだ。今回は俺も見入ってしまったので、お仕置きはお預けにしてやろう。


 そんなまぶしい光景を目にしながら、冒険者ギルドへやってきた。

 まっすぐカウンターに向かうと、この一週間で何度か顔を合わせた受付嬢が、俺たちを出迎えてくれる。


「ぃらっしゃい。今日は何のお仕事受けてくれるん?」


 東方の国の独特の訛りのある言葉使いで、にこやかに笑いかけてくる。

 見た目は二十歳そこそこ。ずば抜けた美人というわけではないが、愛嬌のある笑顔と親しみやすい口調に、意外と人気がある人だ。


「今日はガドルスから昇格の推薦状を預かってきたよ」

「お、ついに試験を受けるんや? ニコルちゃんたちの実力なら、問題ないと思ってたところやで」

「そうなんだ?」

「ガドルスさんは慎重派やからね。その推薦状だけでも昇格させてもええくらいやけど、まあ一応規則やし」

「うん、説明お願いね」


 俺が促すと、受付嬢はいくつかの書類を取り出してきた。

 どうやら試験の内容は、指定の薬草を採取してくることが第一試験。

 続いて実力を測るために、ギルドの試験官と模擬戦を行うことになっている。

 これは四人一緒に行うことができ、パーティそのものの戦闘力を見ることが目的だ。


「というわけで、採取してもらうのはコルネ草。赤い小さな花を咲かせるのが特徴や。詳細はこっちの図鑑に載っとるで」

「ふむふむ」


 一緒に提示された図鑑のページをめくると、赤い花を描いた絵が載っている。詳細を調べると、街の近くの湖のそばで咲いている花らしい。


「意外と近くなんだね」

「そりゃ、駆け出しに出す試験やからね。難しかったら誰も昇格できへんやん?」

「それもそっか」


 近辺に咲く花の採取ならば、白銀の大弓サードアイに頼ることもないだろう。

 こうして俺たちは試験を受けるため、初めてストラールの街を出ることになったのだった。

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