第391話 ギルドの意図

 結局、湖をぐるりと回り込んでも、コルネ草は発見できなかった。

 特徴的な赤い小さな花を咲かせるらしいので、見落とすとは思えない。


「結局なかったね」

「こっちもなかったよ」

「俺たちのモリーア草も見つからなかったよ。どうなってんだ?」


 すでに日は傾き出しており、今からストラールの街に帰還すると、夜間での行程になってしまい、逆に危険だ。

 ここはあきらめて、この場で野宿する方がマシだろう。

 幸いというか、携帯食は予備も用意しているので、一泊程度なら問題はない。


 しかし、野宿を想定していたわけではないので、テントのような設備は持ってきていない。

 ここはマントなどの防寒具で夜露を凌ぐ必要がある。


 水場近くの草をむしり、剥き出しの地面に周辺から集めてきた枯れ枝を積み上げる。

 ここで焚火をして、夜の寒さを乗り切るためだ。燃料になる枯れ枝はできるだけ多く集めておく。

 そうして熾した火でフィニアが夕食の準備を始めていた。


「持ってきてるのは干し肉とパンとチーズくらいですので、大したものは作れませんね」

「フィニアの料理なら、きっとおいしいよ」

「そう言ってくださるのはうれしいのですけど、やはり作る側としても物足りません」

「じゃあ、なにか獲物になりそうなものがいないか調べてくるよ」


 ここはこの近辺でも最大の水場だ。冒険者の狩り逃した獣とかいるかもしれない。

 それに冒険者も野ウサギなどまで殲滅したりはしない。


「じゃあ、わたしもいっしょにいくー」

「そうだね。ミシェルちゃんがいてくれると心強いかも」

「えへへ」


 狩人の娘であり、優秀な弓士である彼女なら、獲物を見つけたときの狩りも楽になる。


「じゃあ、俺も手伝うよ。だから……」

「獲物のおすそ分け?」

「うっ! ま、まあ、そういうのがあれば助かる」

「正直なのはよろしい」

「じゃあ、狩りはわたしとミシェルちゃんとマークで。クラウドはフィニアを守ってあげてね」

「まかせとけ」


 胸を叩いて見せたクラウドを信頼して、俺たちは少し離れた木立の中に足を踏み入れていった。

 日は既に傾いており、手早く獲物を手に入れないと、あっという間に真っ暗になってしまう。


「さて……それじゃ」

「うん」

「さっそく狩りまくろう!」

「おー!」

「え、おい?」


 元々近距離よりもやや離れた間合いの方が得意な俺と、完全に遠距離専門のミシェルちゃんだ。

 二人一緒に狩るより、個別に獲物を探した方が効率がいい。

 俺たちの意図を理解できなかったマークはおろおろと周囲を見回す。

 だが俺はそれを意に介さず、探索の意識を広げ真っ先にトカゲを見つけ出す。

 懐からピアノ線を引っ張り出し、鞭の要領でその首を跳ね飛ばした。

 同時にミシェルちゃんは大きめのハトくらいの野鳥を射落としていた。


「ちょ、お前ら、手際よすぎねぇ!?」

「こう見えてもラウムでは五年以上も狩りを続けていたからね」

「その経歴でなんで一階位なんだよぉ!」


 指定モンスターでない動物は、狩っても評価の対象にならない。

 評価されない以上、俺たちの狩りは胃袋と懐を満たす程度の役にしか立っていなかった。

 とはいえそれはそれ、これはこれである。

 野生動物に先んじて気配を捉え、一撃の下に致命打を送り込む技術は下手な熟練冒険者よりも鍛えられている。

 元英雄の俺はともかく、ミシェルちゃんやクラウドですら、小動物の狩りだけなら熟練冒険者に比肩しうる。


「まー、慣れだよ、慣れ」

「何年越しの慣れだよ、末恐ろしいな」


 しゃべりながらも今度は木の枝に向かってピアノ線を飛ばす。

 今度は蛇が両断されて落ちてきた。これは毒のない種類の蛇なので、食用に耐えるだろう。やや小骨が多いのが難点だが。


 しばらくするとミシェルちゃんが慌てた様子で戻ってきた。

 腰には野鳥が二羽と、ウサギが一羽吊り下げられている。


「ニコルちゃん、ニコルちゃん! こっちきて!」

「え、なに?」

「早く早く!」


 俺の手を取ると、問答無用で引っ張っていく。

 その勢いに俺は足を引っ掛けそうになりながらも、ついていく。

 木立を抜け、湖の畔までやってくると、そこには小さな赤い花をつけた野草が生い茂っていた。


「これ、コルネ草!?」

「うん、昼間に来た時はなかったのに、さっき来たらこんなにたくさん!」

「どういうことだ……いや、ひょっとして夜にだけ咲くたぐいの花だったのか」

「夜だけ咲くって、そんな花あるの?」

「うん、朝顔とかも決まった時間しか咲かないでしょ? そういう花があってもおかしくないよ」


 サボテンの仲間などは夜に咲き始め、朝には散ってしまう種があると聞く。

 コルネ草はそういう花と同じ性質を持っていたのだろう。


「つまり、あの図鑑は嘘を書いていたのではなく、性質の一部を載せていなかっただけということか」

「わざとかな?」

「試験に出すくらいだから、わざとの可能性が高いね。ミシェルちゃん、お手柄だよ」

「へへ、やったぁ」


 俺も前世では冒険者の資格を持っていたし、昇格試験を受けた記憶もある。

 だが試験の内容は地方によって違うため、ここの試験は初めて知る内容だった。

 それにしても意図的に情報を隠すとか、意地の悪い試験もあったものだ。


 俺はミシェルちゃんとパンと手を打ち合わせ、ハイタッチを交わす。間違いなく、この発見は彼女の殊勲である。

 そこへ遅れてマークがやってきた。俺たちの背後に咲き乱れるコルネ草を見て、あんぐりと顎を落としている。


「なんだ、これ……昼間はなかったよな?」

「うん、こういう試験だったってわけだね」

「夜にだけ咲くってわけか。見つからねぇわけだ」

「でもこれで、マークの方もヒントが見つかったね」

「へ?」


 俺の助言にピンとこず、首を捻るマーク。

 だがこれは大きなヒントになるはずだ。


「つまりモリーア草も普通に探してもみつからないんだよ、きっと。特定の条件を見つけないと発見できない類なんじゃないかな?」

「あ、なるほど!」

「とりあえず、必要量を確保するから手伝って?」

「おう、わかった」


 獲物はとりあえず放り出しておき、目的のコルネ草をかき集める。

 量はそれほど必要ないが、この花がどれだけの時間咲いているかわからない。

 それに、夜だけに咲く花の同類だとすると、朝が来るとしおれてしまう。もっともどうあがいても街までは距離があるので、しおれてしまうのは避けられないだろうが、試験官はそれもおそらくは想定しているはずだ。もし不可を言い渡されたのなら、保存する手段を調べてからまた来ればいい。


「ミシェルちゃん、できるだけ長く咲いてもらうために、根から土ごと持って帰ろう」

「そうだね。その方がお花もうれしいよ、きっと」


 俺のような損得勘定でなく、花の立ち場に立った感想を返すミシェルちゃんの純粋さに、俺は感動すら覚えてしまった。

 やはり彼女も女の子なんだと感心すらしてしまう。


「ところで、このお花は食べれるのかな?」


 首を傾げた彼女に、俺は深く……思いっきり深く溜息を吐く。

 ミシェルちゃんはどこまで行ってもミシェルちゃんだったようだ。

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