第620話 目覚めと許容
目が覚めた時、俺の目にはかつて見慣れた天井が飛び込んできた。
ここは見間違いようがない。ライエルの屋敷の俺の部屋だ。
「なぜ、ここに……」
俺は世界樹の六百層で、破戒神の手伝いをしていたはずだ。
最後に世界樹が取り込む力を解放させ、その閃光に目を焼かれ気絶した。
そこからライエルの屋敷に移動するには、一か月近い時間を移動に費やす必要があるはずだ。
「目が覚めたのぅ?」
そんな俺の傍らから、疲れたような声が聞こえてきた。
これも聞き覚えがある。マクスウェルの声。
「ああ、マクスウェルか。おはよ――おおおぉぉぉ!?」
そちらに視線を向けた俺が見たものは、頬をパンパンに腫れ上がらせた、マクスウェルの顔だった。
「その顔はどうした、襲撃か!?」
「マリアにの……」
「あ、ああ……バレたからか」
マクスウェルは俺と共謀し、八年ほど仲間たちを騙し続けていた。
俺が気絶している以上、追及されるのはもっとも古くからの共犯者である彼になるのは、想像に難くない。
「それにしても、こっぴどくやられたな」
「まぁ、仕方あるまいよ。レティーナが泣いて止めてくれねば、死んでいたかもしれん」
「レティーナも来てるのか」
「わしが彼女を迎えにベリトに飛んだんじゃよ。そしたらあの破戒神が目の前に現れてな。おぬしたちを預けて消えおった」
「それは……手間をかけたな」
気絶した俺たちをマクスウェルに押し付けたということか。ともあれ、ベリトに行ったなら、あの惨状は目にしたはずだ。
「ベリトの様子はどうだった?」
「わしが着いた時は、かろうじて落ち着く方向に動いておったよ。アシェラ殿が陣頭指揮を執っておったから、混乱は最小限というところじゃった」
「そうか、なら良かった。破戒神たちは? 世界樹はどうなった?」
「破戒神ユーリの姿はすぐに消えてのぅ。それと世界樹じゃが、竜神バハムートが世界樹に巻き付いたまま同化して、支えてくれておる」
「それ、大丈夫なのか!?」
「後で説明に来てくれたアスト……ハスタール殿の話では、世界樹が自立できるようになれば、自力で這い出して来るだろうと言っておったの。しぶとさは折り紙付きだとも」
「なら、大丈夫……なのか?」
ともあれ、世界樹は無事ということだろう。俺たちの努力は無駄ではなかったというわけだ。
「コルティナとフィニアは?」
「おぬしより先に目を覚まして、今は食堂で昼食をとっておる。どちらも元気じゃよ」
「ああ、それは良かった。本当に良かった」
あの閃光の中で無事だったのだから、破戒神の結界はその役目を完璧に果たしたということだ。
その点は、あの神たちに感謝せねばならない。
もし、あそこに彼女がいなければ、ベリトは滅んでいたはずだ。
いや、この世界そのものに大きなダメージを負っていたことだろう。
その偉業を、俺たちを守りながらやってのけたのだから、やはり神の名は伊達ではない。
その時、扉をノックする音が聞こえた。
「どうぞー」
「目が覚めたようね」
そう言って部屋に入ってきたのは、マリアだった。
そういえば、なぜマクスウェルが俺の部屋にいて、マリアがいなかったのか?
やはり俺の正体がばれたことが影響しているのだろうか。そう考えると、やはり屋敷を出る選択をせねばならないか?
「ああー、マリアは魔力が枯渇しておってな。タイミングよく訪れたワシがおぬしを癒しておいたというわけじゃ」
そんな俺の思考を読み取ったのか、マクスウェルがまるで取り成すように俺に耳打ちした。
言われてみれば、俺たちがこの村に駆けつけた時、マリアは魔力が枯渇する寸前のような仕草をしていた。
あの後、僅かな休息があったとはいえ、クファルが続けて来襲し、ライエルを
そのタイミングでマクスウェルが俺を連れて戻ってきたのであれば、治癒魔法を彼に任せたのも納得できる理由だ。
「えっと、母さ――えっと、マリア?」
「どっちでもいいわよ。呼びやすい方で」
「その、黙っていて悪かった。言い出せなくって」
「それも、わかっているわ。納得はできないけど、気持ちはわかるもの」
そういうとぺちりと、弱々しい力で俺の頬を叩く。
そこには彼女の困惑と、俺を気遣う優しさが込められていた。
「これでおしまい。あなたはレイドで、同時に私の娘のニコルよ。お互いすぐには納得できないでしょうけど」
「うん、俺……わたしも、どう話していいかわからない」
今まで彼女たちの前では、取り繕って女の口調で話していた。
しかしレイドと知られた今、むしろ男の口調で話さないといけない気もしている。
「今のあなたは女性なのだから、女性の口調で話してもいいのよ? なんだったら、もっとかわいらしい口調と仕草でも」
「いや、それは困る」
わざとだろう、茶目っ気を込めてマリアがそんなことを言ってくる。
俺は困った顔のまま首を振って、その提案を却下した。
するとマリアは、軽く背後を振り返って扉の向こうを指し示す。
そこには、捕獲され檻に入れられた熊のように、うろうろするライエルの姿があった。
「ほら、あなたも入ってきなさい」
「ライエル」
「その、レイド……いや、ニコル?」
「……ニコルでいい。わたしは間違いなくお前の娘なんだから」
「そうか? じゃあニコル。その、身体の方は大丈夫なのか?」
「うん、問題ない。ちょっとベリトで無理しただけ」
「それは大丈夫とは言わないだろう?」
ぎこちない仕草で、だが間違いなく心配する父親の仕草で、ライエルが話しかけてくる。
そこには、俺の恐れていた拒絶や隔意は存在していなかった。
「ライエル、わたしが娘でもいいんだ?」
「ああ、俺は受け入れた。マリアもそうだろう?」
「ええ」
「なら俺たちはお前の親だし、ここはお前の家だ。遠慮することなんてない」
「ああ、そう……そう、か……」
ライエルに『俺の家』と言われ、ジワリと目元に涙が浮かぶ。
それは前世では持ち得なかった、家族の住処だ。それを失わずに済んで、心の底から安堵する自分を認識する。
そうだ、俺は間違いなく、ライエルとマリアの娘だ。それを今、本当の意味で受け入れることができた。
「いらっしゃい。食堂でティナとフィニアちゃんが待ってるわよ」
「あとレティーナちゃんもな。それにミシェルちゃんとクラウドくんも呼んできてる」
「ガドルスも忘れてやるな」
マクスウェルがしっかりとライエルたちの言葉を補足する。
そう、ここには前世の仲間と今世の仲間が勢揃いしている。ならしっかりと、俺の口から説明せねばならないだろう。
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