第236話 リリスの街へ
コルティナが危ない。そう知った俺はミシェルちゃんたちを置いて一人ラウムの街に戻ってきた。
一刻を争う今、彼女たちの歩調に合わせる余裕はない。
街に戻った俺は真っ先にマクスウェルの屋敷に駆け込もうとして、その足を止めた。
今あの爺さんは、仲間を連れてコームかリリスの街に向かっているはず。
今この首都にいる六英雄は、マリアのみの状況だった。
「なら、マリアに……待て、どう言い訳する!?」
街の外に出て、怪しい男の落とした手紙を発見した。それだけ伝えれば、マリアに怪しまれることはないか?
しかしその場合、俺はコルティナの元に連れて行ってもらえないだろう。
いや、それでも充分なのかもしれない。コルティナに情報を渡し、警戒を促し、マリアがその護衛につく。それだけでクレインは手を出しかねるはず。
コルティナの強みは個人の強さではなく、人を使うことにあるのだから、マリアがいるだけで彼女の戦術は大きく広がるはずだ。
それでも、俺は彼女の危機と聞いて居ても立っても居られない。
俺が今打てる手を考えた結果、冒険者ギルドへ駆け込むことにした。ここには遠隔地と連絡を取るため、通話を行える魔道具が存在する。
だが積極的にメッセージを届けてくれるわけではないため、いつ情報が届くかわからない難点もある。
それでも何もしないよりは遥かにマシだ。それに先の男が立ち寄っていないか確認することもできる。
運よく俺が追い越していたのなら、その場で取り押さえるのもいいかもしれない。
俺は冒険者ギルドに駆け込み、ついさっき依頼を受けた受付嬢の元に駆け寄る。
並んでいた冒険者もいたが、今はそれどころではない。それにここでは俺の顔は結構知られているので、その無礼を咎める輩もいなかった。
「おねえさん、ここでメッセージを送った男が来なかった?」
「メッセージサービス? ええ、先ほど一人」
「それって――」
俺は先ほどの男の特徴を伝え、同一人物であることを確認した。どうやら追いつくことはできなかったらしい。
ならばこちらも警戒のメッセージを送るまでだ。
「じ、じゃあ、わたしもメッセージを送るから、いそいで!」
「それなら銀貨十枚の料金がかかるけど――」
「いいから! コルティナが危ないの!」
俺の言葉に受付嬢はガタリと席を立ち、手を引いて別室へと誘導してくれた。
奴隷商がうろついていたことや、クラウドが大怪我を負った一件は彼女も知っていた。だからこそ、機敏に反応してくれたのだろう。
即座にメッセージを送り、コームとリリスの街がそれを受領したことを確認する。
運が良ければ、襲撃前に俺の警告を受け取ってもらえるだろうが、それは望み薄かもしれない。
ならば直接乗り込む必要もある。
受付嬢に礼を言い、俺はコルティナの家に駆け戻った。
とにかくマリアに知らせないことには始まらない。俺はコルティナの家に駆けこんで、全力でマリアを呼び出した。
「ママー! ママー!?」
「おかえりなさいませ、ニコル様。今日はお早いお帰りですね」
「あ、ただいま、フィニア。ママは?」
「マリア様なら、今裏でお洗濯物を取り込んでおりますけど……」
俺はいつものように出迎えたフィニアを置いて、家の裏に向かった。
その俺を、何事かとキョトンとした表情で見送るフィニア。だが今はその理由を説明している時間すらない。
あまり広くない裏庭では、三人分の洗濯物を山のように抱えたマリアが、驚いたような顔で俺を出迎えてくれた。
「あらニコル。今日は早く帰ったのね」
「ママ、それどころじゃないの!」
「ん、なぁに?」
のんびりおっとり、いつも通りのマリアの態度だが、今ばかりはその暢気さが苛立たしい。
俺は懐から封書を取り出し、マリアに差し出した。
「なにかしら?」
「読んで、コルティナが危ない!」
マリアは俺の言葉に驚いたような表情を見せたが、何も言わずに書状に目を通した。
その表情が珍しく険しくなっていく。
「……わかったわ。ニコル、ここはママに任せておきなさい」
「ダメ、わたしも行く」
「危険なのよ」
「知ってる。だから行くの!」
「心配なのはわかるけど、コルティナは今ライエルと一緒に行動しているわ。だから安心して待ってて?」
「ダメ! 絶対退かないから」
マリアの心配もわかる。だがコルティナの危機と聞いて、俺がじっとしていられるはずがない。
ここで問答している時間すら惜しい。そう思っているのはマリアも同じだった。
「しかたないわね……じゃあ、絶対ママの言うことを聞くこと、いいわね?」
「わかった」
神妙な表情で俺は頷いた。それを見て、マリアは洗濯物を家の中に放り込み、様子を見に来ていたフィニアに後を任せる。
「フィニア、私はコルティナのところに行ってくるから、後はよろしく。少し情勢が怪しくなってきているから、ミシェルちゃんとクラウドくんも家に呼んで保護しておいて。それから私が戻ってくるまで警戒は厳重に」
「は、はい!」
戦闘力の低いコルティナを狙ってきたのだ。同じ理由でフィニアやミシェルちゃんを狙ってこないとも限らない。
もっとも彼女たちはコルティナほどの知名度を持っていないし、積極的にクレインを追っているわけでもないので、そこまで危険はないのかもしれない。
だが念には念を入れねば、どう出てくるかわからない相手だ。俺たち関連の人材の安全は確保しておきたい。
フィニアが洗濯物をかごの中に放り込んだところで、ミシェルちゃんたちがコルティナの家にやってきたらしい。玄関の呼び鈴が鳴り、俺を呼ぶ声が聞こえてくる。
レティーナも心配だが、彼女は侯爵家の屋敷に住んでいるので、家にいる間に危害を受ける可能性は低い。
また、今外にいるのなら、一緒に保護してもらえばいい。
フィニアがミシェルちゃんたちに対応している隙に、マリアが魔法陣を地面に描き始める。
彼女はまだマクスウェルほど自在に使いこなせるわけではない。
ましてや、本職ではない干渉系の魔法だ。むしろ他系統を極めていながら、別系統の上級を使える段階で人外の域である。
俺はマリアにしがみつくようにして、転移に備える。
「それじゃ行くわよ? 転移酔いには注意してね」
「それは注意してもどうにもならない。体質だもの」
軽口を叩きつつ、マリアは術式を発動させる。
魔法陣から光が発せられ、それが収まる頃には全く違う街中にいた。
俺は生前、コームの街に行ったことはあるがこの光景は見たことがない。つまりここはリリスの街ということになる。
「まずはコルティナの所在を確認しないと。彼女も目立つ風貌をしてるから、話を聞けばすぐ見つかるはずよ」
「うん」
コルティナは猫人族で、この種族はあまり数は多くない。
しかも輝くような金髪で長毛種となると、彼女くらいしか思い浮かばない。
案の定、行きかう人数人に話を聞いたところ、彼女らしき人物が止まる宿を突き止めることができた。
コルティナらしい、堅実な、表通りの宿。
その宿に向かう途中で――とんでもない破砕音が響き渡ったのだった。
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