第461話 世界樹教の英雄
翌日、いろいろあったがベリトを出発する日がやってきた。
といっても、大仰な旅支度などはやっていない。マクスウェルが転送してくれるので、食料の用意などが完全に必要なくなったからだ。
代わりに俺たちの馬車の空きスペースに、ベリトの名産品を積み込むことをテムルさんが提案してきた。
空いたスペースに商品を積めば、交易の利益が大きく跳ね上がる。テムルさんだけが利益を得るのでは不公平なので、追加報酬を要求しておいた。
これは彼としても利益のある話だったので、多少の額のやり取りはあったが、快く応じてくれた。
コルティナはマリアに拉致されて一足先に戻っていた。代わりにマクスウェルが商隊に入っているので、人数的には変わりはない。
しかし、その視覚的な潤いという点では、いささかむさ苦しくなってしまった。
「うん、やっぱりコルティナの方がいい」
「やかましいわぃ。それにしても、ついにフィニア嬢にまでバレてしまったのか」
「ぐぬぬ……やむを得ぬ理由があったんだよ」
街中で大きな
馬車二台を通す必要があるため、普通の三倍近い大きさの門を作る必要があるためだ。
そのため転移を行うのは街を出てからになる。
俺たちは街の外に出るべく、西門へと移動していた。その途中、フィニアに正体がバレてしまったことをマクスウェルに報告しておいた。
「あの時は激痛と衰弱で、まともな思考を維持できなかったんだ」
「トチ狂っておったんじゃな」
「うっせぇ!」
今、馬車の御者台には、俺とマクスウェルが乗っている。
フィニアとミシェルちゃんは荷台に移動しており、クラウドは騎馬に乗って離れた場所にいる。
俺は周囲に聞かれない程度の小声でマクスウェルとやり取りしていた。
「もういっそ、コルティナやライエルにも知らせてはどうだ?」
「それだけはできない。特にライエルとマリアには知らせる気はない」
「なぜじゃ?」
「ガドルスにもいったが、あいつらがどれだけ『ニコル』を愛しているか知っているからだよ」
ライエルたちは『自分の娘』に無償の愛を注いでいる。その中身が俺と知られることは、彼らの愛情を裏切るような気分になってしまう。
俺とニコルは同一の存在ではあるのだが、中身が俺のニコルと彼らの思っているニコルは、その存在にずれがある。
それは彼らの想いを水を差すような気がして、どうにも切り出すことができないでいた。
そんなやり取りをしているうちに、西門に到着した。
テムルさんが先頭を切って商人ギルドの身分証を提示し、検閲を受ける。
街を出るのだからそれほど厳しいチェックを受けるわけではないのだが、稀に禁制品を持ち出そうとする者もいるらしい。
この場合、禁制品とは麻薬などの危険物が主になる。フォルネウス聖樹国ではあまり見かけないが、緑豊かなラウムでは結構多い案件だ。
続いてマクスウェル、そして俺と続いていく。
しかし、門番は俺の顔を見て、硬直したように固まっていた。
「あの、なにか?」
「ひ、ひょっとしてニコルさんですか? あの教皇様の危機をお救いになられた?」
「いや、確かに殺し屋からは助けたけど……」
「やはり! あの時、私も現場に駆けつけていたんですよ」
あの場に衛士の姿はなかった。ということは、彼はあの時駆け付けた騎士団に随行していたのだろう。
その時俺は、殺し屋に馬乗りになって拳を叩きつけていた。その光景のどこに、感動する要因があったのだろう?
「それはどうも、みっともないところを」
「とんでもない! 教皇様を身を挺して護られた活躍、後からお聞きして感動いたしました」
「そ、そこまで……?」
まあ、落ち着いて考えてみれば、世界最大の宗教の宗主を助けたのだから、この反応は当然かもしれない。
そうなると、今後は少々動きにくくなるかもしれない。顔を隠しておけばよかったか?
しかし、あの時は目の魅了の力を使わなければ、注目を集めることができなかったはずだ。それを使うには、顔を晒す必要がある。
「ええ、ニコルさんはこの街の――いえ、世界樹教の英雄ですよ!」
「いや、そんな!?」
ずい、と身を乗り出してくる門番に、俺は両手を振って謙遜して見せる。
その態度すら彼には謙虚に見えたらしい。
興奮で顔を赤らめて拳を握り締め、俺の功績を力説してくれる。しかし俺たちはともかく、早朝という時間もあり、後ろには行列ができつつあった。
その視線が、少々痛い。
「あの、申し訳ありませんが、待っている人もいますので、手早く……」
「あ、これは申し訳ない! 感動のあまり手が止まってしまいました、お恥ずかしい」
ようやく手続きを再開してくれたので、後続のミシェルちゃんやクラウドも身分証を提示する。
クラウドの時に微妙な顔をしたが、俺の仲間ということで、また、マクスウェルの同行者ということもあり、無言で許可を出してくれた。
直近で半魔人の暴動があったので、やはりいい印象は抱いていないらしい。
「はい、確かに確認しました。お気をつけて」
「ありがとうね」
俺はそういって愛想笑いを浮かべて手を振っておく。
今後クラウドだけでここに来る機会もあるかもしれないので、点数を稼いでおこうと思ったのだ。
門番は挨拶が返ってくると思っていなかったのか、硬直して人形のような動作で手を振り返してくれた。
こうして俺たちは無事出国し、ストラールへの帰路へと就いたのである。
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