第460話 ショートカット
お礼に来た少女と別れ、再びマクスウェルの取った部屋に戻ると、アシェラも一緒に俺たちを迎えてくれた。
そこでマクスウェルは、俺の唯一変った外観――つまり眼帯について聞いてきた。
「ところでニコル、その眼帯はなんじゃ? ひょっとして後遺症か? だとすれば街ごとクファルの奴を焼き払わねば、ワシらの気が済まん――」
「お願い、それはやめて」
物騒なことを口にしたマクスウェルに、アシェラは冷や汗を流してそれを止める。
この爺さんがその気になれば、街をなんだかよくわからない暴熱で包み込み、世界樹以外のすべてを焼き尽くすこともできるだろう。
もちろんマクスウェルだって本気でいったわけじゃない。
「違う違う。あの白いのに治してもらったんだけど、妙な力が宿っちゃって」
「妙な力?」
「惹きつけて魅了する力だって。この眼帯は白いのの旦那がくれた、その力を封じる魔道具」
「ほう!?」
魔法オタクのマクスウェルは、それを聞いて身を乗り出してくる。
その襟首をアシェラが引っ張って戻した。
「女の子に迫るなら、もう少し雰囲気を考えた方がいいですわよ」
「いやいや、これは申し訳ない。魔道具に目がないものでしてな。では、後遺症というわけではないのじゃな?」
「まあ後遺症といえなくもないけど……うん、そこは安心して。それにクファルも片が付いたよ」
「なに?」
俺はマクスウェルに、クファルが迷宮に逃げ込んだことを伝えた。
迷宮内部には他にもスライムが存在し、奴を個別に識別することは不可能に近い。
だが世界樹をバーさんが見張っているため、奴が迷宮から出てくることも不可能になった。バーさんは白いのの知人で、これも人外の一種であることも伝えておく。
彼が監視している限り、奴は迷宮から出てくることもできない。いつか、迷宮のモンスターに襲われて消えるか、冒険者によって倒される可能性が高い。
見張るバーさんと破戒神の寿命は永遠に近く、出てきた途端に彼らによって討伐されてしまうはずだ。
これはもはや、封印に近い。
「つまり、おぬしが狙われる可能性はなくなったというわけじゃな?」
「少なくとも、こちらの寿命より先に出てくることは不可能じゃないかな」
「それを聞いて安心したぞ」
クファルに関しては、もう一件落着といっていいだろう。
マクスウェルの怒りも落ち着いたようで安心した。この爺さんはコルティナのように手練手管を使うわけではないが、目的のために手段を選ばないきらいがある。
先のように街ごと焼き払うような真似はしないだろうが、それ以外のあらゆる手を使う可能性が高い。
そうなると、この街は大混乱に陥るだろう。
そんな事態にならずに済んで、俺も安心している。
「まーいいや。でも本当に明日出発するから、その準備をしないと」
「ストラールまで商人の護衛じゃったか?」
「そう。テムルさんの依頼で」
「ふむ?」
俺の話を聞いて、マクスウェルは顎髭をしごく。
数秒思案したのち、こちらをまるで品定めするかのような目で眺めた。
「な、なんだよ」
「おぬし、治してもらったとはいえ、かなりの怪我をしたんじゃろ?」
「うん、眼球が壊されるくらい」
後、クファルの毒にも侵されていたな。
「なら無理はせん方がいいじゃろう。その依頼、断ることはできんのか?」
「それは冒険者としてどうだろう?」
確かに俺は負担が大きくかかった状況にある。
死の寸前といってもいいほどの大怪我。それが治った直後には、前世で因縁のある魔神との戦闘。
戦闘直後には全力を出した反動で、身体の節々が痛みを発していた。
一晩寝て多少は収まったが、そのダメージは確実に残っている。
「確かにダメージはあるけど、だからといって依頼を投げ出すのは、冒険者としての沽券にかかわる」
「それはそうなんじゃがなぁ」
マクスウェルは心配そうな視線を俺に向けている。
マリアでも手が出せないほどの重傷と聞いて、一時的に過保護になっているのだろう。
「ふむ、ではこうしよう。そのテムルという商人と話がしたい」
「……………………なにを企んでる?」
「失敬な。要はその商人がストラールにつくまで護衛すればいいのじゃろう? ならばワシの
「うわぁ」
魔力量がハンパないこの爺さんなら、俺たち全員をストラールまで送っても、また余力があるだろう。
それにクファルの脅威が消えた今、急な襲撃に備える必要性も、大きく減った。
多少無茶な魔法の使い方をしても、問題はない。
だからといって、これはどうなんだろうと首を傾げざるを得ない。
確かに依頼には反していない。だが俺を早く解放するためだけに、高位魔法を容赦なく濫用するのは少々気が引ける。
これが仲間内だけの移動だったのなら、むしろ大歓迎なのだが。
「そ、それはその……後でテムルさんに聞いてくる」
「むしろ今すぐ聞きに行きなさい。ワシも口添えしてやろう」
「それ、強制と何ら変わりないから!?」
「すまぬな、アシェラ殿。そういうわけで、中座することになってしまった。申し訳ない」
「いいえ、マリアの娘のためでしたら、致し方ありませんわ」
「二人とも話を聞いて!」
「この来訪で、あなたのような方と知己を得れたのは不幸中の幸いでした。今後もよい関係を築きたいものですな」
「ええ、こちらこそ。ニコルにも私と連絡が取れる聖印を渡しておきましたし、あなたとも知り合いになれた。ここ数日は本当に良い時間を過ごせました。だからニコル、いつでも遊びに来ていいのよ?」
「陰謀に巻き込まれそうだから、なんかヤダ」
「照れなくてもいいのよ」
「照れてないし!」
身を乗り出して拒否した俺は、マクスウェルに首根っこを持たれ、猫の子のようにして自分の席に座らされた。
そんな俺を可笑しそうに笑ってから、アシェラが一礼して部屋を出ていく。
これは、これ以上居残ったら、俺の仕事に差し障るという配慮だろう。
そのあと俺たちはマクスウェルの転移魔法で、一息に門の近くの門前宿まで移動していた。
自前の店を持たない交易商人ならば、大抵門前宿を利用するから、ここへ来たのだろう。
交渉はもちろん成功。むしろ無駄な移動時間を短縮できるとあって、諸手を挙げて歓迎されてしまった。
最初は恐縮しきりだったテムルさんだが、マクスウェルの転移魔法に預かれるとあって、次第に興奮していった。
事態の急展開についていけず、マクスウェルに引っ張り回されて部屋に戻ったとき、そこには同じく事態についていけなかったミシェルちゃんとフィニアの姿があったのだった。
クラウドの奴は、さっさと自室に戻って出発の用意をしていた。
その辺、英雄に訓練を受けているあいつは、神経が図太い。しかし話をまとめるうえでは戻ってきてもらわないといけない。
作業を中断させ、クラウドを呼び戻してから、意見の統一を図る。
「フィニア、ミシェルちゃん、クラウド。そういうわけで、明日マクスウェルに送ってもらうことになったから」
「わかった。でもいいのか?」
「うん、ある意味この依頼は長期遠征の訓練と同時に、クラウドの半魔人差別への心構えを作ることが目的だったから」
「それはもう果たしたってことか」
「後はひと月かけて帰るだけ。これなら往路でも経験してるから、省略してもいいかなって」
「そうだな、俺たちはともかく、マークたちは途中の食料代とか結構きつそうだったし。節約になるか」
マークたちはこの遠征で結構な稼ぎを出しているはずなので、これは少し違うかもしれない。
だがこれから装備を良い物に交換していくなら、少しでも節約した方がいいのは事実だ。
「ニコルもしっかりしたリーダーになってきたのぅ。まるで若い日のライエルを見るようじゃ」
「え、ライエル様ってドジっ子だったの!?」
「ミシェルちゃん。すこーし、お話したいことができたよ?」
「え、えへへ……」
愛想笑いする彼女だが、悪意あってのことではないのは理解している。
西門での彼女の怒りは、クラウドが慄くほどだったとか。
こうしてじゃれ合うことができるのも、破戒神が助けてくれたおかげといえる。
その点だけは、心の底から感謝を捧げたのだった。
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