第459話 腹黒会談
教皇と六英雄の一人の顔合わせとあっては、その場で立ち話とはいかない。
マクスウェルとアシェラは前日までマリアたちが借りていた部屋に移動し、そこで歓談することとなった。
本来ならば、部屋を掃除してから次の客に貸すところなのだが、ここはマクスウェルが構わないとごり押ししたので、そのまま継続して借りることになったらしい。
やたら恐縮していた受付のお姉さんには、悪いことをしてしまった。
「そうですか、教皇ともなればその言葉は重いと思っていたのですが、意外ですな」
「ええ、本当に。マクスウェル様も、王宮に顔が利くとお聞きしましたけど?」
「はっはっは、これは手厳しい。私も一度引退した身ですので、なかなか思い通りとは行きませんのぅ」
茶を嗜みながら、にこやかに歓談しているマクスウェルとアシェラ。しかしその目は、両者とも笑っていない。
ラウム王家の血を引き、六英雄の身分を持つマクスウェルと、世界最大宗教の教主ながらも権力を枢機卿たちに握られているアシェラ。
双方とも、互いの権力を欲していながらも、取り込まれまいと牽制しあっている状況だ。
少しでも友好的に、しかし有利にと、腹の探り合いをしているのが、手に取るようにわかる。
その気配を感じたのか、給仕をしているフィニアの顔が、可哀想なほどに引きつっていた。
「さ、わたしたちも明日の準備をしなきゃ」
「そうだね。忙しいものね」
「俺、保存食の買い出しに行かないと……」
「そんな、私を置いていかないでくださいよぉ!?」
その場から逃げ出す口実を口にする俺たちに、フィニアは泣きそうな顔で抗議してくる。
それもそのはずで、前世の俺だってこんな場所にいたくない。
こういうのはマクスウェルやコルティナ、マリアの領分だ。
「ニ、ニコル様、後生ですから――」
「いや、でも……ほら、お話の邪魔しちゃ悪いし?」
「そんなこと言わないで、いつもの淑女モードでお願いしますよぉ」
「それは忘れろー!」
俺たちがドアの前で揉み合いになっていると、そこへ控えめなノックの音が割り込んできた。
ぴたりと動きを止め、ドアを振り返る。
これはこのノックがこの状況から離脱するための口実になるかもしれないと、全員が意見の一致を見たからである。
「どうぞ?」
俺は部屋の主の意見も待たずに、ノックの相手を招き入れた。
多少無防備だったかもしれないが、ここにはマクスウェルもミシェルちゃんもいる。何より蘇生魔法すら習得したアシェラがいる。
たとえクファルが襲撃したとしても、どうにでもできるメンツだ。
だが、扉の隙間から顔を出したのは、宿の受付のお姉さんだった。こんな修羅場にまで顔を出さねばならないとは、可哀想な限りである。
「ご歓談のところ申し訳ありません。こちらにニコル様はいらっしゃいますでしょうか?」
「あ、はい。わたしです」
「その、面会をお求めの方がいらしてまして。半魔人なのですが……」
前日に暴動があったばかりなので、半魔人の面会をかなり警戒しているようだ。
それに俺に面会を求めるような相手にも、心当たりがない。
「どんな人?」
「人間族の少年と、半魔人の少女です。その、人間族の方は付き添いという話でした」
「……人間と半魔人?」
その組み合わせにも、やはり心当たりがない。いや……
「あ、ひょっとして、昨日の暴動の時に助けた子かも」
「暴動の?」
「マークから聞いていない? 一人女の子を助けたんだ」
「ああ、あの」
クラウドも、俺がマークたちと行動を別にした理由は聞き及んでいた。
その子が会いに来たというのなら、断る理由もない。むしろこのタイミングで来てくれたことを神に感謝したいくらいだ。
少女は客というわけでもなく、またこの時期に半魔人ということも有って、宿の中には入れてもらえていなかった。
まあ、寒い季節でもないので、外でも問題はなかっただろう。
「こんにちわ、待たせたね」
「あ、おねーちゃん!」
「おねーちゃん、か……」
悲しいかな、そう呼ばれることにも慣れてしまった。主にフィーナのおかげで。
少女のそばにはバーさんが寄り添っており、彼女の護衛をしてくれていたようだった。
そして少女は背後に花束を隠し持っている。どうやらお礼を言いに来たようだった。
その花束は、身長差のおかげで丸見えだったのだが、ここは見えぬ振りをするのが粋という物だろう。前世の俺だったら何も考えずに指摘して、がっかりさせていたところだ。
「怪我はなかった?」
「うん、おにーちゃんが治してくれた」
「へぇ、いいところあるじゃん?」
「僕だって、無関係で無害な少女まで見捨てるような真似はしないさ」
かなり派手に暴行を受けていただけに、その傷を治しておいてくれたのは感謝の言葉もない。
俺の言葉に少しぶっきらぼうな態度で返すバーさんを置いて、少女は俺の顔に手を伸ばしてきた。
「なに?」
「おねーちゃんも、けがしちゃったの?」
「ああ、これ? これは違うよ。わたしは右目の色が違うから、これで隠しているだけ」
俺は右目の眼帯に手を触れ、事情を話す。
もっとも魅了の力がどうとかいう必要はないので、目の色が違うので隠している程度にしておいた。
そういうと少しだけずらして、赤い瞳を彼女に見せる。
少女は一瞬だけ、俺の目に見惚れていたようだが、すぐに元の様子に戻った。どうもこの魅了の力、白いのが口にしたほど弱くはないようだ。
「あ、あのね、おねーちゃん。これ、助けてくれたお礼」
「わっぷ、あ、ありがとう。でもよくこんなの手に入れられたね」
ハッと我に戻った少女は、後ろ手に隠していた花束を俺に差し出してきた。
勢いが余り過ぎて、花束が俺の顔を直撃したが、そこはご愛敬。
見たところ、少女の身なりは裕福とはいいがたい。この花はそこらの道端に咲いているものではなく、きちんと店などで整えられたものだ。
この子が手に入れるには、少しばかり難しいと思わざるを得ない。
「うん。ほかにもおねーちゃんに助けられた人がいて、その人たちが一緒にって。わたしのはこの花だよ」
そういって、花束の中にある、小さな白い花を取り出した。
その花だけは、他の花と違って整えられた形跡がない。おそらくは彼女が頑張って探してきたのだろう。
「へぇ……」
俺が昨日助けた人といったら、暴動に加担していた半魔人くらいしか思いつかない。
おそらくその中の数人が、感謝してこれを送ってくれたのだろう。
「しかし、なぜ直接持ってこないのかね?」
「そりゃ、ニコル相手に花束を持って行ったら、変な噂が立つかもって気を回したからじゃないか?」
「……クラウドにしては気の利く意見」
一緒に来ていたクラウドが、そう教えてくれた。
確かに、俺の外見は目立つ。そんな少女にどっかの男が花を贈りに来たら、プロポーズか何かと勘違いされた可能性もある。
「おじちゃんは『おかげで騎士団に殺されずに済んだ。本当に助かった。あんたは俺たちの英雄だ』って伝えてくれって」
「間接的とはいえ、命を救ったことを理解してくれたか」
そう思うと、昨日の苦労もまんざらではない気がしてきた。ほとんど自己満足のような行動だったが、それでも感謝されるというのは、気持ちのいいものだった。
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