第462話 依頼完了

 帰路といったところで、そう大げさな旅ではない。

 むしろその日のうちにストラールに戻れるとあって、テムルさんを始め、全員が気楽な気分のままだった。

 その元凶であるマクスウェルが街道を外れ人目のなくなった場所で、声を上げる。


「ここいらで問題なかろ。そろそろ魔法を使うぞ」

「は、はい。どうかよしなに」


 テムルさんはやはり緊張気味だったが、それも無理はあるまい。

 本来なら雲上人のマクスウェル相手で、しかも余剰の荷物を積み込んで商売の片棒を担がせようとしているのだから、緊張するなという方が無理だ。

 転移門ポータルゲートは門の大きさや維持する時間によって、消費する魔力が大幅に増える。

今回は馬車二台と騎馬一騎を運ぶ必要があるため、マクスウェルの負担はかなり増えている。

 もっとも、この爺さんの魔力量なら、誤差の範疇ではあるだろう。


 念のため、速やかに門をくぐるため、多少無理してマークたちにも馬車に乗り込んでもらい、一列に並んで待機しておく。

 もっともテムルさんの馬車はすでに満杯なので、俺たちの馬車に乗り込んでもらったのだが……


「ちょっと、マークさん狭いー」

「いや、そんなこといったって……」

「キャッ、誰ですか、私のおし……いえ、その……」

「おう、今フィニアに触ったやつは覚悟しとけ?」

「うげっ、ニコルさん、ちょっと濡れ衣だから!?」


 トニーが返事を返してきたので、フィニアのお尻に触れたのは奴のようだ。

 悪いが彼女に触れた罰は受けてもらわねばなるまい。久しぶりに焼きキノコの刑に処すとしよう。

 とにかく、押し合いへし合いしながらも、どうにか乗り込み、開門に備えようとしていた。

 もっともマクスウェルはそんな俺たちを無視して、すでに門を開いていた。


「ほれ、さっさとくぐれ。この大きさはさすがにちっとばかり堪えるわい」

「いや、全然問題ないだろ」


 一人馬車から降りていたマクスウェルは、魔法を発動させ手馬車を誘導する。

 今回は大人数の移動のため、門の顕現時間を延長して発動している。その解除を行うために最後に転移する必要があった。

 門を放置して目を離すと、それで迷い込む者も出るかもしれないからだ。

 俺たちが乗った馬車が最初に門をくぐると、その先はすでにストラールのすぐ外だった。

 街の中に転移しなかったのは、馬車が唐突に街中に現れると事故の危険があると判断したからだろう。

 続いてテムルさんの馬車が門をくぐって俺たちの馬車の後ろに現れる。

 そのあとにクラウドの騎馬、最後にマクスウェルが現れ、門は閉じた。


「ほ、本当にストラールだ……」

「当り前じゃろう、失礼な」

「いえ、疑っていたわけではなく! 聞いたものと実際に体験するのでは、やはり差があると申しますか」


 生まれて初めての転移魔法に混乱して、しどろもどろな対応をしているテムルさん。

 マクスウェルも悪意があってのことではないと理解しているので、それ以上の追及はしなかった。

 それからそれぞれの配置に戻り、ストラールへ向かった。


 俺たちの顔はすでに門番にも知られているので、身柄のチェックは簡単に済んだ。

 マクスウェルにいたっては、顔が知れ渡っていたので、身分証にすら目を通さず済んだ。

 門をくぐったところにある門前広場に馬車を停め、テムルさんは俺たちに向かって宣言した。


「これにて護衛任務は終了とします。皆さんお疲れさまでした!」

「うーっす!」

「おつかれさまー」


 マークたちとミシェルちゃんがテムルさんの声に応える。

 長期間の遠征が終わるとあって、その声には達成感が満ちていた。


「報酬は現金でということでしたので、冒険者ギルドの方で手配しておきますね」

「あざーっす!」


 これはマークたちが現金での報酬を欲していたからだ。

 登録証を使って預金でのやり取りをする方が手軽でいいのだが、それに対応していない店も多い。

 特に今回はマークたちは装備を新調していた。装備などを整える際は、鍛冶ギルドと冒険者ギルドという組織の違いもあり、登録証を使った資金のやり取りができない場合がある。

 そういった場合に備え、現金を用意しておく必要があったのだ。


「ニコルさんたちには追加報酬もありますので、それもまとめて支払っておきます」

「おねがいします」


 追加の報酬とは、テムルさんの運ぶ交易品を俺たちの馬車に乗せて運んだ分だ。

 マークたちには悪いが、馬車の所有権は俺たちにあるので、追加報酬は俺たちだけに支払われることになった。

 その件に関しては、マークたちも納得してくれている。


「よし、それじゃ金も入ってくることだし、前祝と行こうか!」

「マーク、あんたそんなだから貯まらないんだよ?」

「俺もいつもいってるんだけどね……」

「わーい、奢り? 奢り?」

「おう、いいぜ!」

「なら先生にも奢ってくれないかなぁ?」

「おういいぜ。どんどん来い!」


 トニーは相変わらず苦労人な性格らしく、あきらめた表情。マークの尻馬に乗ったミシェルちゃんとトリシア女医が、ちゃっかりとご相伴に預かろうと、暗躍している。

 いっておくがマーク。ミシェルちゃんにその申し出は、報酬の半分は食われると思っておけよ?


「まあ、いつまでもここにいちゃ悪目立ちするから、俺も移動するのは賛成」

「それもそっか。じゃあわたしたちはガドルスに挨拶してくる。クラウドはミシェルちゃんの手綱を握っといて」

「それ、自信ないなぁ……」

「目を離すとお持ち帰りされても知らないよ」

「うっす、監視しておきます」


 ミシェルちゃんはどこか子供っぽい面が残っているため、無防備なところが多い。

 宴会となれば酒が入ることも有るだろうし、ここはお目付け役は必須だろう。

 その間に俺は、マクスウェルとガドルスを交え、話をしておく必要がある。特にフィニアにバレたことなどは、当人を交えて話しておかねばならないはずだ。

 それとクファルが封印されたことも、ガドルスに知らせなければならない。


「ま、フィニアに知られてよかったことといえば、この街で気を使う必要がある相手がいなくなったことかな?」

「またそうやって気を抜くから、端からポロポロ正体がバレていくんじゃ」

「まあ、最初は驚きましたけど、私にとってもレイド様は縁の深い方ですから。喜びこそすれ、嫌ったりとかはできませんよ」

「うっ、それはそれで心が痛む……しかしこの街で気を付けないといけないのは、もうミシェルちゃんとクラウドしかいないじゃないか。ちょっとくらい気を抜いてもいいんじゃないか?」

「ドノバンの小僧がおるじゃろ。本当にお主ときたら……」


 マークたちとはあまり顔を合わせないし、仕事もガドルス経由でしか受けていない。

 おかげで顔見知り程度の知り合いはいても、友人レベルとなるとミシェルちゃんとクラウドしかいない状況だった。

 顔見知り程度なら多少ボロを出したとしても、中身がレイドと知られる恐れは存在しない。

 その可能性があるのはミシェルちゃんとクラウドのみだったが、そういえば領主になったドノバンも、俺に辿り着く可能性はあるか。


「ま、ドノバンはあまりこっちに顔を出せるわけじゃないし、いいじゃないか。それより俺たちも久しぶりに一杯やろうぜ」

「ニコル様、いくらなんでもその言葉使いは……それに、ニコル様はお酒弱いでしょ?」


 完全に油断しきった俺に、フィニアの冷たい警告が飛ぶ。

 幼女時代のように一口でダウンとまではいかないが、蒸留酒なら一杯で意識を失える程度には弱い。

 エールやワインなら、何とか一杯飲み切れる程度だろうか。


「ま、今回は心配させた罰として、ワシらの酒もレイドにおごってもらうとしようかの」

「そ、それはひどい!?」


 ドワーフのガドルスと酒豪のマクスウェルの酒代なんて持ったら、一瞬にして儲けがなくなるじゃないか。

 そんな泣きそうな顔をする俺がおかしかったのか、フィニアは口元に手をやって笑いを堪えている。

 爆笑しないところが、従者としての節度だろうか。

 なんにせよ、マークたちに続いて、俺の懐もピンチを迎えたようだった。

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