第557話 弟子の弟子

 その日の夜、ストラールまでの道半ばという辺りの距離で、再び夜営をすることになった。

 巨大蜘蛛の甲殻を手に入れたため、荷物が必要以上に増えてしまい、想定よりも進みが遅くなっていた。


「これはもう一日かかるって考えた方がいいね」

「そうですね、予備の食料を用意しておいてよかったです」

「あ、今日はわたしがご飯作るねぇ」


 珍しくこの日に限って、ミシェルちゃんが料理番を買って出た。

 フィニアの料理の腕を知る彼女は、いつもは大人しく出されたものを綺麗に平らげ、おかわりを要求してくる。

 今までは食事はフィニアの領分という認識が確立されており、これに口を出そうとはしなかった。

 しかしこの日は腕まくりまでして、やる気を発揮していた。


「ミシェルちゃんが料理とか珍しいね。何か下心でも?」

「そそそそ、そんなことないし!」

「露骨に目を泳がせながら言わないで」

「もう、ニコルちゃんは細かいことに気を回し過ぎ。わたしだって、たまにはお料理とかしたくなるんだから!」

「へぇ?」


 実際、ミシェルちゃんも料理が下手な方ではない。

 子供の頃は惨憺たる腕前だったが、ストラールに居を移して三年。食堂で食べるだけでなく、自分で作るという行為にも挑戦していた。

 メニューから頼むだけでは自分が食べたい料理が食べられないというのが、その理由だったはず。

 そのため休みの日には、フィニアと一緒に厨房に籠ることもあったほどだ。

 なので料理をしたいと申し出ることは、特に不思議ではない。普段は彼女以上の腕を持つフィニアがいるので、控えているだけである。


「でも、ミシェルちゃんの料理は久しぶりかも。十年前に泥団子を食べさせられそうになった時以来?」

「そんな昔の話を持ち出すなんてズルい! っていうか、まだ覚えてたんだ」

「そりゃ、あの時の危機はコボルドと戦った時以上だったし」

「そんなに危なくないはず……?」


 幼少期は、ミシェルちゃんとよく遊んでいた。

 とはいえ彼女も幼い女の子で、村の男の子と走り回ることもあれば、ママゴトのようなごっこ遊びに興じることもあった。

 当時の俺は体力強化のために遊ぶことをメインとしていたが、それだけだと変なことを疑われることもあるかと思い、ミシェルちゃんとできるだけ遊ぶようにしていたのだ。

 良くも悪くも彼女との行動が、俺に『女の子の遊び方』を教えてくれたとも言える。


 昔を懐かしんで、目を閉じてウンウンと頷く俺に、変な視線を向けながらも、ミシェルちゃんは夕飯の支度を始めていた。

 リガス芋が折れないように、添え木として使っていた深めの鍋を取り外し、ざっと水洗いしてから底に油を敷いて肉を炒める。

 これは道中でミシェルちゃんが仕留めた野鳥の物だ。彼女がいると、こういう森の中で食料に困ることはないので、非常に助かる。

 そこにフィニアに魔法で水を入れてもらい、干し野菜や干し肉、様々な食材を放り込み煮込み始めていた。

 ある程度煮えたところで、見覚えのない白い肉を放り込んで、小麦粉とスパイスを混ぜて味ととろみをつける。

 周囲に食欲をそそるいい香りが充満してきた。俺の前に三人組がやってきたのは、そんな時だった。


「ん? どうしたの三人とも。妙に深刻な顔をして」

「姐さん、頼みがあるんすよ」

「いいけど、もうすぐ食事だよ。その時でもいいんじゃない?」

「今、お願いしたいっす」


 真剣な声音でそう主張する彼らに、俺は居住まいを正して、話を聞く姿勢をとる。

 それを見て取り、三人は俺の前に正座を……いや、土下座をし、深々と頭を下げた。


「俺たちを姐さんの弟子にしてくだせぇ!」

「やだ」


 彼らの唐突な申し出に対し、反射的に拒否の言葉を口にする。

 こういう連中が弟子を志願するとか、イメージと違い過ぎる。俺がモヒカンどもの女頭領みたいな認識になってしまったら、どうしてくれるんだ。


「今日の戦いを見て、上には上がいると思い知りやした。俺たちも追い出された身である以上、追い出した連中を見返してやりたいという気持ちもあります」

「そんなときに姐さんの剣を目にしやした。力に頼らず、それでいて巨大蜘蛛を圧倒する技術。心底惚れ込みやした!」

「お前らに惚れられても、うれしくない。フィニアとかミシェルちゃんなら可」

「もう、ニコル様ったら」


 連中が気持ち悪いことを言ったので、思わず本音が漏れる。そんな俺の本音に、フィニアがクネクネと身をよじらせていた。

 最近のフィニアは、少し暴走していやしないか?


「姐さん、それは置いといて」

「置いとかないでください」

「フィニアの姐さん、悪いけど真面目な話をしてるんで」

「あ、はい」

「まあ、フィニアのことは置いておいて。でも見返すなんて目的で、剣を教えると思う?」

「それはもちろん承知してます。ですが、ここは嘘でごまかしていい場面じゃないと考えやした」

「ほう……?」


 この連中が考えたというのは、おもしろい。考え無しの代名詞だったこいつらも、少しは何かを学んだらしい。

 それにこのシチュエーションは、かつてクラウドに教えを乞われた時を思い出す。

 その想いはクラウドも同じだったのか、口には出さないようだったが、気になる様子でこちらをチラチラと流し見していた。

 自分の時のことでも思い出しているのだろう。


「そうは言っても、わたしたちは冒険者だから。今回は依頼だから一緒にいるけど、いつまでもあなたたちの指導はできないよ」

「それはわかってます、でも……」


 今回は俺たちへの依頼だから、こうして付き合ってやれている。

 これは仕事だ。しかし弟子入りとなると、そうもいかない。俺たちにも生活があるのだから、冒険に出ないといけない。

 それは子供の頃のように空き時間のついでというわけにもいかない。

 今の俺たちは冒険者稼業が主な収入だ。頻繁に街を離れることが多くなっている。

 だから、彼らに修業をつけてやる時間は、そんなにないはずだった。


「それでも、空いた時間だけとか、夜の間だけとかでもかまいません。今のままじゃ、俺らはあの蜘蛛にすら勝てなかった」

「それはわかってるんだ? まあそれだけでも大きな進歩だよ」

「ええ。これまでは、それすらわからなかった。勝てない相手はいる。対峙するだけで腰を抜かすようなバケモンが……だからもっと鍛えたいと思ったんだ」

「追い出した村人を見返すだけじゃなく?」

「へい、誓って」

「ふぅん?」


 最初は断るつもりだった。しかし、せっかく向上心に目覚めた連中を見捨てるのも、気分が悪い。

 それに俺も、北部の村に顔を出したりと、忙しい身の上であることは変わりない。

 とても彼らの面倒まで見ていられない。となると――


「わたしが教えてあげられる時間はないよ」

「そこをなんとか!」

「だからクラウド、キミが教えてあげるように」

「へ、俺!?」


 俺が忙しいのなら、俺以外に押し付ければいい。

 さいわいクラウドは俺の直弟子であり、六英雄の薫陶も受けている。ギフトはないが、素材としては一級品だ。

 そして彼らに戦い方を教える場合、それがいい方向に働くはずだ。

 ギフト持ちはどうしても、才能に拠った教えを行う傾向がある。

 努力によってここまで登り詰めたクラウドなら、彼らに教えるには最適なはずだった。

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