第556話 解体と教訓

 わざわざ巨大蜘蛛に単騎で挑み、しかも得意な糸ではなくカタナのみで戦う。

 こうしたことには、大きな意味があった。

 これは今まで糸に頼ってきた俺が、剣一つでもこの難敵を倒し切れるほど成長したかどうか、試すためだ。

 そして見事敵を寄せ付けず圧勝。明らかな成長の手応えを感じていた。

 その実感に、俺は人知れず拳を握り感激を現す。


「す、すげぇ、あのでかい蜘蛛をカタナ一本で……」

「さすが俺たちの姐さんだぜ」

「ただの貧弱お色気担当美少女じゃなかったんだな!」

「……お前らには後で話がある」


 人の後ろで言いたい放題言いやがった三人組に、一度上がった俺のテンションは一気に急降下した。

 人がせっかく身体を張って守ってやったというのに、なんて言いざまだ。特にアンドリュー。誰が貧弱お色気美少女か。


「それに私はお前たちの姐さんじゃない」

「そうですよ。ニコル様は私のです」

「フィニア、それも微妙に違うから」

「おっと、本音が」

「フィニアさんにそういう趣味が……ありだと思います!」

「クラウド、お前もちょっと黙れ」


 三人組にばかり使用していたオシオキ棒(仮)を、クラウドにも叩き込む。

 こいつはこいつで、最近軽口が増えた気がする。ここは少し、釘を刺しておくべきかもしれない。


「クラウドは最近口が軽くなってるよ。男はもっと寡黙で、行動で語るべき」

「そうですね、クラウド君。レイド様みたいにクールな人を目指しましょう」

「いや、フィニアさん。六英雄を目指せとか、それ敷居が高すぎるから!」


 フィニアの注文に、クラウドは慌てふためいて反論する。

 その様子を見て、フィニアは笑いを堪えらえきれなかったかのように噴き出していた。


「くっ、うふ、ふふふ」

「そんな含み笑いみたいな声出さなくても……どうせ俺はお調子者ですよ」

「いや、そうじゃなくって……」


 まあ、フィニアが笑っているのは、当の本人から訓練を受けていて、しかも他の六英雄からも鍛えられているクラウドが、慌てて否定しているからなのは間違いない。

 この辺り、事情を知っている人間からすれば、まるで喜劇のようにも見えるだろう。

 そういえば、マクスウェルも、最初の頃はこうして噴き出していたものだ。

 いや、それは今でもか。


「それよりニコルちゃん、この蜘蛛早く解体しないと、他のモンスターが寄って来るよ?」

「あ、そうだった」


 腰が抜けている三人組は、この際役に立たないと判断すべきだ。

 なら目の前の蜘蛛は自分たちで解体するしかない。こう見えてもこの蜘蛛、結構高値で売れる素材になるのだ。

 堅い甲殻は鎧や盾の素材に、糸などは服飾に使われたりもする。そして八個ある眼球は薬になる……らしい。

 俺は本業ではないので、そこらへんはよくわからない。だが少なくとも、殻を放置してきたとガドルスに知られれば、本気で怒られることは間違いないだろう。

 宿を経営しているとはいえ、奴もドワーフの一員である。職人気質な面は多分に残している。


 腰を抜かした三人は放置し、俺とフィニアが周囲の警戒に当たり、ミシェルちゃんとクラウドが蜘蛛の解体を担当することになった。

 これはフィニアが蜘蛛が苦手ということと、蜘蛛のように隠密能力が高い敵を感知するには、俺くらいの鋭敏さが必要なこともある。

 必然的に残る二人が解体を担当することになっていた。


「すみません、ミシェルちゃん。私が蜘蛛苦手なばっかりに」

「誰にでも苦手なことはあるってぇ。それにフィニアお姉ちゃんには、いつもご飯を貰ってるし」

「その言い方だとご飯をくれる相手には、タダで仕事しちゃいそうだね。ミシェルちゃん」

「ニコルちゃん、その言い方はいじわるだよ?」

「あはは、ゴメン」


 プゥッと頬を膨らませながらも、ミシェルちゃんはパキパキと蜘蛛の足の甲殻を剥ぎ取っていく。足の殻は手足の防具にするのにちょうどいいので、これもきっちり回収しておかねばならない。

 グロテスクな外見のクモを容赦なく解体する二人を見て、セバスチャンたちは蒼白な顔をしていた。


「ふ、二人ともスゲェっすね。俺にはとても無理だ」

「俺だって無理っすよ!?」

「お、俺も……」

「フィニアみたいな例もあるし、できないならできる人を雇うなり仲間にさせればいいんだよ。適材適所」

「それ、ありなんすか?」

「誰でも全部自分でできるってわけじゃないからね。それに三人いるからって、何でもできるわけでもない。できないことは、外部の人間の力を借りてでもやればいいんだ」

「そういうもんすか」

「冒険者は、依頼達成こそが正義だからね。もちろん倫理に反しない範囲内で、だけど」


 感心したように俺の言葉を聞く三人。どうやらこのグロテスクな巨大蜘蛛が、彼らに自分の見識の狭さを知らせるのに一役買ったようだった。

 世の中自分たちが戦える相手だけではない。苦手な物をどうやって克服するか、その手段こそが大事だ。

 腰を抜かすような相手と出会い、そこから生き延びたことで、彼らもどうやら認識が変わったようだった。

 もっとも、戦ったのは俺一人だったのだが、そこから得た教訓は大きいだろう。


「ねぇねぇ、クラウドくん。この足ってカニみたいだね。おいしそう」

「待て、まさか食べる気か!?」

「まっさかぁ。生ではちょっと腰が引けちゃうかな?」

「火を通せば食う気なのか? っていうか、引ける腰はちょっとなのかよ」


 俺が三人にありがたい説教をしているというのに、解体役の二人が、どうにもほのぼのとした会話を繰り広げている。

 ありがた味とか緊迫感を返せと言いたい。


 それとミシェルちゃん、糸の原液である白いネバネバまみれになりながら舌なめずりするのは、やめた方がいい。

 見ろ、クラウドがまた前のめりになっているじゃないか。ちなみにに俺もちょっときた。

 この、無自覚エロエロ娘め。早い段階で自覚させないと、絶対どっかで誰かに押し倒されちゃうぞ。

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